世界有数の流通コングロマリットを長く率いてきたカリスマ経営者、鈴木敏文氏。1963年に黎明期のイトーヨーカ堂に身を転じてから、トップの座を去るまでの53年間、日経ビジネスは彼の挑戦や奮闘、挫折を、常に追い続けてきた。そして2016年、カリスマ経営者のすべてをまとめた書籍「鈴木敏文 孤高」を上梓した。だが、書籍には収まりきらなかった珠玉のエピソードがまだ数多くある。イトーヨーカ堂創業者・伊藤雅俊氏の素顔から、鈴木敏文氏がそれぞれの時代に語った言葉まで。日経ビジネスが追った鈴木氏と伊藤氏の半世紀を、特設サイト「鈴木敏文 孤高」で連日、公開する。

 今回公開するのは、日経ビジネス1993年11月8日号に掲載した記事だ。セブンイレブンが1974年に1号店を開業してからおよそ20年。コンビニエンスストアという業態は定着し、セブンイレブンは業界トップを走り続けていた。強さの源泉は何か。日経ビジネスでは1993年11月8日号で、セブンイレブンの巻頭特集を組んだ。今回紹介するのは、同特集内で描いた鈴木敏文氏のリーダーシップと、彼とともに20年間セブンイレブンを率いてきた幹部らの様子だ。(写真:的野弘路)

※社名、役職名は当時のものです。

創立20周年記念パーティーでスピーチする鈴木敏文氏(写真:村田和聡)

 夕方の5時近くなると、セブン-イレブン・ジャパンの本社には独特の緊張感が漂う。鈴木敏文会長の“社内巡回”の時間が近づいてきたからだ。

 セブンイレブン本社の最上階、12階にある会長室に備え付けられたディスプレーには、夕方5時を過ぎると、1日の販売データ(前日の午後1時から24時間)が次々と映し出される。商品ごと、地域ごとの数字はもちろん、加盟店1店当たりのデータも簡単な操作でチェックできる。

 外出や特別な用事のない限り、鈴木氏はディスプレーを操って、データの分析を試みる。数字を見ていて気がついたことがあると、そのまま下の階に降りてきて、関係のありそうな社員をつかまえては、「これはどうしたことなのか」と問い詰める。

 「これだけ変化の激しい時代には、ボトムアップでの経営は向いていない」

 鈴木氏は経営トップのリーダーシップの重要性を強調する。だからこそ、まず自分の目で現場の情報をチェックし、分析することを実践する。

1週間のスケジュールは会議漬け

 鈴木氏はしばしば、「私は現場に立ったことがない」と周囲の人に言う。店回りもほとんどしない。創業オーナーの伊藤雅俊相談役が今でも時間を見つけては、グループ会社の店舗に顔を出すのと対象的だ。

 「データを重視する合理主義者」。しばしば鈴木氏がそう紹介されるのも、このためだ。

 実際、鈴木氏の1週間のスケジュールは会議で埋め尽くされており、現場を回る余裕などない。月曜日と火曜日は、各地域のゾーンマネジャーや本社総括マネジャーを集めた「マネジャー会議」、全国のOFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー=店舗経営相談員)が集合する「OFC会議」が開かれる。

 水曜日はイトーヨーカ堂グループならではの改善活動である「業革(業務改革)委員会」。こちらは商品、物流管理、建設設備など、本社部門の総括マネジャーと各地区責任者が参加して、全社的な問題の抽出から改善策を話し合う。