部下に仕事を任せて最後まで考えさせる伊藤の手法で、鈴木の才能は生かされ、その鈴木という経営者のお陰でヨーカ堂は流通業ナンバーワンの高収益企業に躍進した。伊藤、鈴木の2人と上場以来の付き合いがある日本投資信託制度研究所社長の宮内章は、「オーナーである伊藤さんと経営者である鈴木さんの絶妙な関係が、今のヨーカ堂をつくり上げてきたのだと思う」と述べる。

官僚化との戦いを課せられる3代目

 ヨーカ堂のアキレス腱は後継者問題だ。伊藤の長男である専務、裕久の処遇をどうするか。裕久は1995年1月に専務に就任した。ただ、1995年2月に要の役職とも言える販売事業部長を解かれ、関係会計統括室長に就いている。仕事で接触したことのあるOBは、「力量は未知数」と言う。

 この問題では父親の情を間接的な表現で吐露する伊藤と、「誰が後継者になろうと実力を伴わなくてはならない」と言う鈴木の間には微妙な違いが見られる。

 後継者問題は、将来の経営路線に関わるだけに重要な意味を持つ。伊藤と鈴木の2人だけの世界では絶妙なコンビであっても、グループが大きくなった結果、それぞれに連なる人脈もまた広がっている。特に、鈴木の育てた役員が大半を占めるセブンイレブンと、伊藤に連なる古参役員がいるヨーカ堂の間には距離感がある。実際、両社の役員の人事交流は全くない。

 もう一つ気になるのは、グループ内に見え隠れする官僚主義だ。チームMD(マーチャンダイジング)の現場でも、「一度商品が当たると守りに回る社員が多い」と鈴木は嘆く。同業者との競争に勝ち続けてきただけに、成功体験を捨てるのは難しい。

 伊藤、鈴木の緊張関係は企業成長の過程で育まれた。しかし、今は日本の流通業全体が行き詰まっている。一方、収益力で見れば、セブンイレブンがヨーカ堂をしのぐまでに大きくなり、グループ内がヨーカ堂中心に単純にまとまる時代は既に終わった。

 3代目トップは、そうした中で、グループ内の官僚化と戦い、グループ企業間の利害調整を進め、さらに伊藤、鈴木を超えた消費者本位の新しいビジョンを打ち出さねばならない。誰が引き受けるにせよ、気の遠くなるような作業が必要になる。(=文中敬称略)

(日経ビジネス1996年9月30日号に掲載した記事を再編集しました。社名、役職名は当時のものです。)

 日本を代表する巨大流通コングロマリット、セブン&アイ・ホールディングス。長く同社を率いてきたカリスマ経営者の鈴木敏文氏が、2016年5月に、経営の表舞台から退いた。日本にコンビニエンスストアという新しいインフラを生み出した鈴木敏文氏。一人のサラリーマンは、どのようにカリスマ経営者となり、巨大企業を率いるようになったのか。そしてどんな壁に直面し、自ら築き上げた「帝国」を去ることになったのか。

 本書では2つのアプローチで鈴木氏の半生と退任の真相に迫った。1つは、鈴木氏本人の肉声である。日経ビジネスは鈴木氏の退任以降、延べ10時間に渡って本人への単独インタビューを重ね、鈴木氏自身に真相を語ってもらった。もう1つは、セブン&アイの「2人のトップ」を知ることである。鈴木氏本人と、イトーヨーカ堂創業者でありセブン&アイのオーナーでもある伊藤雅俊氏。鈴木氏は創業者である伊藤氏の信頼を勝ち取って幹部として台頭した。日経ビジネスは1970年代以降、およそ半世紀に渡って伊藤氏と鈴木氏の取材を重ねてきた。歴史を振り返りながら、「2人のトップ」の絶妙かつ微妙な関係がどのように誕生し、維持されてきたのかを解き明かした。

 戦後の日本を変えたカリスマ経営者、鈴木敏文氏。53年間のすべてを一冊に収めた。ぜひご一読ください。