(昭和40年代=1965年頃の流通革命の時は)均質化が大事だったわけです。今度は差別化の時代になるのではないですか。米国的な価値観というか、均質化ということが良かったわけですけれども、その米国人がクインのようなスーパーマーケットがいいと言い始めたわけです。お客さんの価値観が変わったんだと思います。

 いろいろなライフスタイルができる時代が来ます。ですから、ニッチなマーケットが随分できるようになる、それを何か一律にする方が、危なくなるのではないでしょうかね。お客さんとも緊張関係がないといけない。

銀行さんがなぜ問題なのかというと、大蔵省の方を向いていて、お客さんの方を向いてなかったからです。我々の取引先の問屋さんも経営が難しくなってきた。前は彼らが自主性を持っていたけれども、だんだん大手小売りチェーンの方が力が強くなって、言うことを聞くようになった。そうなると(問屋との緊張関係もなくなって)新しいものが生まれなくなるのではないかしらね。それが怖いと思う。

 彼(鈴木敏文社長)の方が素晴らしいんじゃないの? 1つのルールをつくって(業務改革などを)やるという点では、僕なんかより。僕はどっちかというと情の方だから、ああいうものをやるとぐずってしまう。

(僕は)全然ダメよ。みんなは「小売業だから伊藤さんは成功した」とか何とか言うけれど、とんでもない話でね。ただ僕は、「まじめにやれ」と言ったのと、おかげさまで皆さんが一生懸命助けてくれたからな。日本ではそれでいいんではないの。1人の人間で、そんなに能力出ませんよ。

 (鈴木社長とは)性格が相反するものが、許容できていることがいいのです。まあ、僕はオーナーですよ。創業者ですよ。会社は自分の分身なんだよね。お金の問題ではないんですよ。

起業への意欲はまだある

 起業家と経営者というのがあるのではないでしょうかね。起業家とは、仕事をつくるのが好きなのです。何でもやりたいのです。僕もまだ(起業への意欲が)あるんですよ、正直なところ。

 ただ多角化をやりすぎると、収拾がつかなくなる。ですから自戒しています。先進国では1つの業に励んだ方がいい。40年以上前に、コングロマリットの時代がありましたね。あれ、全部失敗したのだと思います。

 僕の心配しているのは創業時の人間がいなくなった時にどうなるのかということです。鈴木も、私も、いなくなった時に。企業のカルチャーは永遠か。だから3代目というのは難しい問題なのです。

 こんなラッキーな会社はありません。ゼロから出発してこれだけになれたんですから。だから、ありがたいと思わないといけない。ところが、だんだんと感謝とかがなくなる。創業期の苦労などはいくら社史に書いたって忘れてしまう。だけど、そうならないようにやっぱり言わなくてはいけない。