伊藤雅俊(いとう・まさとし)氏
1924年4月30日、東京都生まれ。1944年12月横浜市立商業専門学校(現横浜市立大)卒業。翌1945年12月東京都足立区千住にあった家業の洋品店羊華堂に勤める。1958年4月ヨーカ堂を設立、社長に就任。1965年9月、社名をイトーヨーカ堂に変更。1973年にはデニーズジャパン、セブン-イレブン・ジャパンを設立、それぞれの社長を兼務。1978年2月、1981年2月にはセブン-イレブン・ジャパン、デニーズジャパンの会長に。この間、1978年~1980年には日本チェーンストア協会会長を務めた。現在はセブン&アイ・ホールディングスの名誉会長(写真:清水盟貴)

 これからアジアには、(米国や欧州の大手流通業者である)ウォルマート、メトロなどが、みんな出てきます。わずか3年前まで、(欧米勢と)ぶつかるなんて考えもしなかった。中国では新しいものをつくらないで旧来のままで考えていると、とんでもないことになる。

 (米国でセブンイレブンを展開するサウスランド社を買収した)根底にあるのはブランドじゃないですか。日本でセブンイレブンという商標が壊れることが一番怖かった。鈴木(敏文社長、当時)は違うかもしれないが、僕はそう。

 ただ、米国で通用するかどうかというと、やっぱり苦労していますね。生易しい竸争ではないですよ、米国は。自由経済というのは、勝負は厳しいですよ。決して楽観はしてないです。

本当は株式上場したくなかった

 僕は嘆いているわけではない。時代の流れとしてしようがないなと感じているだけなんです。市場の怖さを皆さん、分かってないんでは。それとグローバル化の怖さね。今までは言葉で言っているだけの怖さだったのです。

 いわゆるドイツ型資本主義は行き詰まったと言われています。日本型資本主義も行き詰まった。米国型資本主義だって、私は行き詰まったと思っています。例えば、年金資金が資本市場で、小さな池の大きな鯉どころか、クジラになってしまった。自分で自分が始末できなくなった。資本主義全体の行き詰まりではないかなという感じがします。

 今、ちょうど昭和10~11年(1935~1936年)の時と同じように行き詰まり状況が来ているわけですよ。冷戦が終わったからよくなるだろうと思ったら、そうではありませんでした。

 私、株式上場を本当はしたくなかった。やっぱり上場すると株価を意識するんだよね。そうすると質の時代になることが分かっていても、ある程度量を追わなくてはいけない。利益も量なんですよね。

 損益計算書だけを意識するようになると、バランスシート(貸借対照表)は考えない。ましてキャッシュフローも考えない。日本企業というのは、利息さえ払えればいいという経営だったのではないかなと僕は思うんだ。

 ほかはまだ損益計算書だけを意識して経営している時に、ヨーカ堂だけはその前からROE(株主資本利益率)も、バランスシートも、もちろん意識していたんですけれどもね。

信用は経営者個人が築くもの

 それから、信用って何なのか。「あの人なら大丈夫だろう」ということではありませんか、お金を貸すのでも。経営者が借金の個人保証をしなくなったのはいつからですかね。

 僕が上場前に銀行にお金を借りにいった時、大家さんの不動産を担保にしていました。だから、上場前の大家さんというのは、ほんとうにありがたいと思う。「ヨーカ堂さんがつぶれたら、私の不動産、取られちゃうんですね」と大家さんは言っていた。僕を信用しなかったら銀行も壊れちゃうし、大家さんも壊れちゃう。

 なぜヨーカ堂が財務内容がいいかというと、環境変化があった時に、従業員も困らない、問屋さんにも支払いができるというような会社にしたかったからです。そういう発想をすることが信用になり、資産にもなります。