世界有数の流通コングロマリットを長く率いてきたカリスマ経営者、鈴木敏文氏。1963年に黎明期のイトーヨーカ堂に身を転じてから、トップの座を去るまでの53年間、日経ビジネスはこの男の挑戦や奮闘、挫折を、常に追い続けてきた。そして2016年カリスマ経営者のすべてをまとめた書籍「鈴木敏文 孤高」を上梓した。だが、書籍には収まりきらなかった珠玉のエピソードがまだ数多く眠っている。イトーヨーカ堂創業者・伊藤雅俊氏の素顔から、鈴木敏文氏がそれぞれの時代に語った言葉まで。日経ビジネスが追った鈴木と伊藤の半世紀を、特設サイト鈴木敏文 孤高」で連日公開している。

 今回公開するのは、日経ビジネスが初めて本格的にイトーヨーカ堂の取り組みを紹介した1971年12月27日号の記事だ。高度経済成長期にスーパーは勢いを増し、各社は強気の多店舗化を進めていた。スーパー業界の売上高も、既に百貨店業界に拮抗するほどに成長を遂げた。そんな中、ヨーカ堂の存在はと言えばまだ中堅の部類。けれどもある取り組みで業界内でも注目を集めていた。それが、IE(インダストリアル・エンジニアリング)戦略である。中堅スーパーだったヨーカ堂がなぜ流通システム化に乗り出したのか。ここで取り上げた流通システム化が、ヨーカ堂のその後の成長を支える基盤となっていく。

※社名、役職名は当時のものです。(写真:的野 弘路)

気合いの入った議論を戦わす、イトーヨーカ堂のIE部(当時)

 売上高で既に百貨店に桔抗する力を得たスーパーだが、1970年代を通じて一層激しくなると予想される百貨店との小売りの覇権争いを勝ち抜くには、伸びた背丈にふさわしい骨格づくリが必要になる。とりわけ、その勝敗の決め手が業界ぐるみのシステム化にあることは明らかだ。

IEを遠ざけていたスーパー業界

 中堅スーパーのイトーヨーカ堂は、こうした時代の流れを読み、流通システム化のためIE(インダストリアル・エンジニアリング)の手法を販売各部門に導入し、成果をあげている。

 IEとは、もともと生産性向上を目的とした工学の総称で、その範囲は広い。我が国ではこれまでもっぱら生産段階で活用され、販売面ではほとんど使われていない。手法そのものが生産工程の方により適用しやすい事情もあるが、それにも増して、販売関係者の生産性向上にかける熱意が薄かったことがIEをスーパーから遠ざけていた。

 ところがヨーカ堂の伊藤雅俊社長はいち早くIEに着目し、流通システム化に利用することを考えた。伊藤社長が IEの導入を検討し始めた背景には、「流通業、とりわけスーパーの合理化には科学的手法による流通システム化が急務だ」との認識があった。