鈴木敏文「成熟期こそ消費は画一化する」
セブンイレブン4000店、コンビニは情報サービス産業へ(1990年掲載)
世界有数の流通コングロマリットを長く率いてきたカリスマ経営者、鈴木敏文氏。1963年に黎明期のイトーヨーカ堂に身を転じてから、トップの座を去るまでの53年間、日経ビジネスはこの男の挑戦や奮闘、挫折を、常に追い続けてきた。そして2016年カリスマ経営者のすべてをまとめた書籍「鈴木敏文 孤高」を上梓した。だが、書籍には収まりきらなかった珠玉のエピソードがまだ数多く眠っている。イトーヨーカ堂創業者・伊藤雅俊氏の素顔から、鈴木敏文氏がそれぞれの時代に語った言葉まで。日経ビジネスが追った鈴木と伊藤の半世紀を、特設サイト「鈴木敏文 孤高」で一挙に公開する。
今回公開するのは、日経ビジネス1990年8月27日号で掲載した記事だ。バブル経済真っ只中の中、当時の編集長は、セブン-イレブン・ジャパンの鈴木敏文社長(当時)に話を聞き、インタビュー後の感想にこう記している。「流通業界で主導権を握るとの見方はあながち誇張とも思えない」。セブンイレブンが成長しているとはいえ、当時の規模はまだ4000店舗。コンビニはモノを売る場でしかなかった。だがこの時、鈴木氏は既にセブンイレブンの次の展開を明かしている。鈴木氏の構想通り、コンビニは公共料金の代行収納やチケット・切符の販売などの機能を取り込み、日本の生活インフラとなった。鈴木氏が当時描いていたコンビニの未来の姿とは。(写真:的野弘路)
※聞き手は本誌編集長、佐藤富男(1990年当時)。社名、役職名は当時のものです。
――鈴木社長はよく常識のウソという言葉を使われますね。
鈴木敏文(すずき・としふみ)氏
1932年12月1日生まれ。1956年中央大学経済学部卒業、同年東京出版販売入社、1963年8月同社退社。1963年9月イトーヨーカ堂入社、1971年イトーヨーカ堂取締役に就任、1973年ヨークセブン(現セブン-イレブン・ジャパン)専務、1977年イトーヨーカ堂常務、1978年セブン-イレブン・ジャパン社長、1983年イトーヨーカ堂専務、1985年イトーヨーカ堂副社長に就任。(写真:中西 昭)
鈴木敏文氏(以下、鈴木):我々の情報は、小売店の売り場でいつ何が売れているかという生の情報です。それを調べてみると世の中の常識や実態とは、ものすごく違うことが分かる。例えば、女性の社会進出でコンビニエンスストアが流行ったなんて言われていますが、この10年間で来店客に占める主婦の割合は13%で、ほとんど変わっていない。しかも、そのうちの6割以上が専業主婦です。
ほかにも常識のウソはたくさんある。今は多様化の時代だという。ところが実は全然多様化なんかしていない。今ほど画一化している時代はないんです。
もっともらしく聞こえもいい見方は、本質をとらえていない、と。
鈴木:確かに商品はたくさん出ています。そうすると、「これだけたくさん出ているのだから多様化だ」ということになる。ですけど、本来の多様化は横に広がる。差別化された商品がたくさん出てきて、消費者の選択の幅が広がることです。それが今は縦になっている。同じようなものが多い。
清涼飲料を例に取ると、今年(1990年)の上半期だけで600種類が発売された。だけど、それが一斉に出るわけではないんです。いろいろな新製品を発売してもなかなか売れない。だから形だけを変えてまた出す。これは多様化とは言えません。
新製品の数だけを見るから、メーカーも小売店もマーケティングを間違ってしまう。
鈴木:そう。品揃えをする時、色々な商品を並べておかなくてはと考えがちです。実際には様々な商品を1カ所に並べて置いてあると、お客の方が選択に困ってしまう。在庫だって増えるし、かえって売り上げが減るんです。日本人は特にブランド意識が強いせいか、猫も杓子も同じものを持ちたがる。商品をずっと絞り込まないといけないわけです。
「仮説のない商品は仕入れてはいけない」
今の新製品ラッシュについては、批判的な見方をされているのですか。
鈴木:流通業界では、うちが先頭に立って取扱商品の絞り込みをやってきた。最近になって、メーカーさんも絞り込みが必要なことに気付かれてきましたよね。少しずつにせよ、皆さんが理解されるようになってくると思うんです。画一化の時代が現代なんだと。とはいえ、私が「今は画一化の時代ですよ」と申し上げても首を傾げてしまう。だから売れないものまで作ったり、在庫を増やしたりしてしまう。
絞り込みは売れ筋情報を見ながらやるのですか。
鈴木:そうではなくて、我々は売れるであろうと思う商品を仕入れるんです。売れたから追加するのではない。仕入れた商品が売れるかどうかという未来の話は、POS(販売時点情報管理)システムでも分からない。仮説を証明するのがPOSです。売れるという仮説が立てられない商品は仕入れてはいけないのです。
売れるかどうかは環境を見ながら人間が判断するしかない。
鈴木:今年(1990年)のように暑い日が続くと袋詰めのかち割り氷がよく売れる。これだけの天候が何日続いたらどのくらい袋詰め氷が出る、ということは予想できたはずです。しかし現実には品切れになってしまい、慌てて車を出して配送した。ナンセンスな話です。
品切れの間の機会損失は大きい。
鈴木:お客が欲しい時に欲しい商品が手に入る状態を常に保っていなければ、小売業者の責務を果たせない。昨年(1989年)、九州で台風があって道路が寸断された時は、セスナ機で商品を運んだこともあります。海水浴シーズンで道路が混雑すればヘリコプターで運ぶ。たとえコストが合わなくても、臨機応変にやっていかなくてはならない。
小口配送が問屋や運送業者の負担になると批判する声もあります。配送コストが高くつくのではないですか。
鈴木:ところがそうではない。我々は何が売れるかという情報を全部押さえています。だからムダなものを運ばない。デリバリーコストは安くつくのです。例えば、セブンイレブンの店の平均在庫は、大体450万円です。チェーン展開を始めた当時は1500万円の在庫を置いていたから、3分の1以下になっている。それでいて1日平均の売り上げは40万円から60万円に上がりました。
「リスクのない商売なんて本当の商売ではない」
商品のライフサイクルも短くなっているし、ロスを少なくするには身軽な方が良い。
鈴木:在庫を減らすには、やはり店への供給を適切にしていかなくてはならない。気温が少し変わるだけでも売れ筋商品は違ってきます。夏の清涼飲料を例に取ると、温度が28度から30度を超えると、ほとんど炭酸飲料になってくる。それ以下だとジュースであれば、生のものなんです。そういうマーケティングをきちっとやった上で商売をするなら、決して配送コストは高くつかない。
セブンイレブンは店が集中していますから、運ぶ時間や距離だって短くて済む。生ものなんかは、味を落とさないで運ぶ工夫も凝らしています。弁当のご飯は炊いた後、16度以下に温度が下がると、がたっと味が落ちる。そのために弁当専用の保温トラックを開発して、今400台持っています。
日本の流通コストを上げている原因として、返品制度があります。
鈴木:返品制度というのは誰も得をしない。返品制度があればリスクを背負わなくて済む。リスクがない商売なんて本当の商売ではありません。そのつけは消費者が支払っているのです。私がセブンイレブンを始めて今年(1990年)で満16年になったのですが、最初から返品ゼロでやってきた。セブンイレブンの取扱量が多くなったから、急にメーカーや問屋にいろいろ言っているわけではないんです。
日米構造協議でも、大店法を中心に流通問題が取り上げられていますが、流通コストの問題は単なる規模の大小だけではないのですね。
鈴木:そうなんです。もちろん、売り場が大きくていろいろな商品が置いてあるショッピングセンターも必要でしょう。だけど、何でも大きい方がいいかというと決してそうではない。特に日本のような国土の狭いところで、交通のアクセスまで考えると、あんまり大きな店はどうか。いくら駐車場を作ったって、そこへ行くまでに渋滞が起こりますね。大きい小さいではなく、どこに問題があるかという追及が必要になります。
コンビニは様々なサービスを提供できる
いわゆる町の商店でも、生産性を上げれば大型店と共存していく余地はあるということですか。
鈴木:中小の小売店が競争力を上げることは十分可能です。政府の小売店に対する援助にしても、ただ安い資金を貸し出すとか、街灯を設けるとか、そんなことでは競争力はつきません。情報の組織化を積極的に推進してやるとか、物流のあり方を提示してやるとか、そういうことの方が先ではないかと思うんです。大店法廃止で大型店同士の競争は厳しくなるでしょうが、中小の小売店にも活路はある。
そうなると、セブンイレブン自身もより情報化を進めなければ競争に勝ち残れないことになりますね。
鈴木:来年(1991年)3月から、今のPOSシステムを一歩進めた総合デジタル通信網をスタートさせます。売れ筋情報を集めるだけならPOSでも十分ですが、それだけではいかんのですよ。例えば、ある新製品のお茶を仕入れたなら、なぜその製品を選んだのか、値段はどうか、味は、量は、といった情報が店頭でもひと目で分かるようでなくてはならない。同時にガス料金の支払い代行とか、チケット発売など、様々なサービスをそのシステムに乗せることが出来る。付随的に色々なサービスが可能になる。
セブンイレブンが商品を選別して、売れるものを作っていく役割を担うようにもなっていく。
鈴木:それはやはり、我々の売れ筋データだって段々細かくなっていきますから。それに加えてこれからは世の中の流れが一層速まってきます。そうなると、必要以上のムダがたくさん出て来る。そのようなロスをもっともっと少なくするのが物価を下げることであり、生活をしやすくすることであり、資源を大切にすることにもつながる。
あふれるばかりの情報の流れを整理して、ロスを最少限に抑えるのが流通業者の役割ということですね。
鈴木:そのための情報化投資がもったいないと言っていては、どんどん遅れを取ります。遅れを取ることによる損失の方がはるかに大きい。消費者が本当に欲しがっている商品が店頭にないケースさえある。商売の機会をみすみす逃している。この機会損失がものすごく大きい。
ところが今はもの余りの時代だから機会損失はないと錯覚しているわけです。セブンイレブンが、あるいはイトーヨーカ堂が多少利益が出ているのは、ほかより少し機会損失が少なく、それが利益になっているだけのことでしょう。人手不足で利益が出ないという話を聞きますが、消費が旺盛だから人が足りないのであって、見方によってはありがたいことです。あれこれ文句を言うのではなく、労働力の有効な使い方を考えればいい。
流通業界だけ旧態依然として…
消費者は購買力を持っているので、市場の動向を的確に掴めば、もっと利益が出る。
鈴木:忘れてはならないのは、今の流行は大衆が選んだ中から生まれてくるということです。ファッション一つ取っても、有名なデザイナーが作ったものがわっと出てくるのではない。流行の前兆はマーケットにある。それに気が付くか、気が付かないかの違いだけです。うちのPOSにしても、人のものを学んで今のシステムが出来たのではありません。マーケットをより詳しく知りたい、そのためにはどうしたら良いか、何か必要なのか考えた結果なのです。
企業理念が先にあって、システムはそこから出来上がってきた。
鈴木:そういうことになりますね。コンビニエンスストアの本家であるアメリカでは、POSを生産性向上のだけに活用していて、マーケティングに使うという考え方はなかったんです。
ある面で、本家アメリカを上回る存在となったわけですが、今後さらに、情報産業化していくのですか。
鈴木:どうなるかということは、自分でも分からない。けれども今やっている仕事というのは、要するに変化を追い続けているわけですね。変化を追い続けているうちに、自分でも思ってもいないものに変わっていってしまうのではないか。そんな気すら、するんです。
1カ月後の為替ですらさっぱり分からない。それなのに、5年後、10年後を組み立てても無意味でしょう。今は変化に対して経験が追いつかない時代です。人間のライフスタイルが変わり、商品のライフサイクルが短くなっている中で、流通産業だけ旧態依然として存在し得るわけがない。お客の方が変わっているのに、今の流通業界には、非合理な点が残りすぎているのではないでしょうか。
編集長傍白
具体的な数字がポンポン出る上、我々が常識だと思っていることをひっくり返す話し方は人を引きつける。講演の依頼は多いというが、仕事で世話になったりする関係先に限っているという。ご本人は「常識のウソなんていうからみんな面白がって聞くんじゃないですか」とサラリ。確かに画一化の時代という指摘には説得力がある。ビールそのものはあふれているのに特定の銘柄に集中したり、有名ブランドに殺到したりするのもその例だ。鈴木さんの発想はすべて画一化から出発し、在庫を減らし、小口配送へとつながっていく。
セブンイレブンはこれから大きく変わっていくだろう。単なるモノの販売から公共料金の支払い、海外有名ブランドのカタログ販売など、端末を利用した情報サービス産業に変身していくかもしれない。東京電力の料金契約は20万件、東京ガスは12万件にも達している。新システムでは、やろうと思えば切符の販売まで出来る。キャッシュディスペンサーなどが置かれて銀行のような機能を果たすことさえ夢ではない。あらゆる可能性があると言えよう。
セブンイレブンは今、約4000店。これから年300~350のペースで増えていく。10年間にわたり蓄積した1万人の購買データをも合わせて考えると、流通業界で主導権を握るとの見方はあながち誇張とも思えない。
(日経ビジネス1990年8月27日号に掲載した記事を再編集しました。社名、役職名は当時のものです。)
日本を代表する巨大流通コングロマリット、セブン&アイ・ホールディングス。長く同社を率いてきたカリスマ経営者の鈴木敏文氏が、2016年5月に、経営の表舞台から退いた。日本にコンビニエンスストアという新しいインフラを生み出した鈴木敏文氏。一人のサラリーマンは、どのようにカリスマ経営者となり、巨大企業を率いるようになったのか。そしてどんな壁に直面し、自ら築き上げた「帝国」を去ることになったのか。
本書では2つのアプローチで鈴木氏の半生と退任の真相に迫った。1つは、鈴木氏本人の肉声である。日経ビジネスは鈴木氏の退任以降、述べ10時間に渡って本人への単独インタビューを重ね、鈴木氏自身に真相を語ってもらった。もう1つは、セブン&アイの「2人のトップ」を知ることである。鈴木氏本人と、イトーヨーカ堂創業者でありセブン&アイのオーナーでもある伊藤雅俊氏。鈴木氏は創業者である伊藤氏の信頼を勝ち取って幹部として台頭した。日経ビジネスは1970年代以降、およそ半世紀に渡って伊藤氏と鈴木氏の取材を重ねてきた。歴史を振り返りながら、「2人のトップ」の絶妙かつ微妙な関係がどのように誕生し、維持されてきたのかを解き明かした。
戦後の日本を変えたカリスマ経営者、鈴木敏文氏。53年間のすべてを一冊に収めた。ぜひご一読ください。
Powered by リゾーム?