「仕入れが我が社は下手だ」とはっきり言い切るが「しかし、信頼関係を確立していることで、責任を持った商品を供給できる」と言う。先頃、ヨーカ堂の仕入れ係2人が、仕入れ先から5000円の歳暮を受け取った。1人はクビ、1人は降格処分を受けた。「金額ではなく、精神が毒されるのが怖い」という伊藤氏は、その仕入れ先の社長に「あなたも社員がかわいいのと同様、私も社員が大切なんです」とかんかんになって怒ったという。

 「我が社は“木製人間”の集まりにしたい」というのが伊藤氏の夢である。会社が大きくなってくると、打てば響くような金属人間が多くなってくる。 「しかし、人間は結局、木製品に囲まれて住んでいるのが一番落ち着く」。相手が落ち着く人間が、商売ができるということなのだろう。

 ヨーカ堂の社内には、標語というものが一切ない。「頭で考えるな、体で覚えよ」という社長の信条によるものだ。「“誠実”などといった標語をかけなければならなくなった時は、我が社も落ち目の時ですよ」と言う。“体で覚える”ために、ヨーカ堂では徹底した権限委譲が行なわれている。

 「重役会など、どうでもいいことは社長が決めるが、重大戦略だと全員で大議論する」とは、ヨーカ堂取締役の弁である。

社員へののれん分けも“道”のうち

 表面に立つことを好まない伊藤氏は、社長室で唯一の趣味とも言える乱読を楽しんでいることが多い。 同業の社長が先頭に立って切り込み隊長となっているのとは対照的である。それでも、日曜日にはじっとしていられなくて、ヨーカ堂の各店を回ってみる。 商品をいじるのが好きで、あちこちに行って触ってみないと気がすまないらしい。

 根っからの商売好きなのである。そして「社員にものれん分けが必要だなあ」と、昔気質の商店のおやじさんのようなことを言う。「今後は子会社をどんどん作って社員を社長にする一方、ストックオプションも考えたい」そうだ。自社株についてもその保有に積極的で、既に10万株以上持っている人が10人いるという。“商人道”とは社員にも夢を持たせるものであるようだ。
(日経ビジネス1973年1月8日号に掲載した記事を再編集しました。社名、役職名は当時のものです。)

 日本を代表する巨大流通コングロマリット、セブン&アイ・ホールディングス。長く同社を率いてきたカリスマ経営者の鈴木敏文氏が、2016年5月に、経営の表舞台から退いた。日本にコンビニエンスストアという新しいインフラを生み出した鈴木敏文氏。一人のサラリーマンは、どのようにカリスマ経営者となり、巨大企業を率いるようになったのか。そしてどんな壁に直面し、自ら築き上げた「帝国」を去ることになったのか。

 本書では2つのアプローチで鈴木氏の半生と退任の真相に迫った。1つは、鈴木氏本人の肉声である。日経ビジネスは鈴木氏の退任以降、述べ10時間に渡って本人への単独インタビューを重ね、鈴木氏自身に真相を語ってもらった。もう1つは、セブン&アイの「2人のトップ」を知ることである。鈴木氏本人と、イトーヨーカ堂創業者でありセブン&アイのオーナーでもある伊藤雅俊氏。鈴木氏は創業者である伊藤氏の信頼を勝ち取って幹部として台頭した。日経ビジネスは1970年代以降、およそ半世紀に渡って伊藤氏と鈴木氏の取材を重ねてきた。歴史を振り返りながら、「2人のトップ」の絶妙かつ微妙な関係がどのように誕生し、維持されてきたのかを解き明かした。

 戦後の日本を変えたカリスマ経営者、鈴木敏文氏。53年間のすべてを一冊に収めた。ぜひご一読ください。