こうした中で育った伊藤氏だけに、「楽をして儲けることを考えたら終わり、“イワンの馬鹿”になる」という。しかし、伊藤氏がそうだからといって、従業員が2000人を越える大組織になったヨーカ堂全体を、“乾物屋の精神”に統一することは、なま易しいことではない。
「人を支配することも、されることも好きではない」とする伊藤氏は、この“商人道” とも言うべき精神が、極力社員の自発的な認識で根付くようにしようと心がけている。その一つが「セルフチェックシステム」である。
職種別に37種類のチェックカードを作成。それぞれの種類によってチェック項目が変わってくる。例えば「販売係セルフチェックカード」には、「ほかの業務を行っている時でも、 お客様の要望があれば、直ちにやめて接客している」「いつも笑顔でお客様に接している」「乱暴な言葉遣いはしていない」――といった項目が80近く書いてある。
これを自分自身で判定するわけである。 この効果は一つには自分を自分が判定することで、一つひとつのチェックの過程で、果たすべき義務や姿勢が再確認される。同時に、自分ではきちんとやっているつもりでも、 他人から見るとダメな場合、その錯覚を指摘できる。
女子社員一人ひとりにまで店主意識
ヨーカ堂のような小売業では、販売の第一線に立つのは女子社員が多い。普通、女子社員は勤務年数も少なく、その仕事も男子社員の補助ということで、教育についても一般的にあまり熱心に構ってもらえない。しかしヨーカ堂の場合、この女子社員がしっかりしてないと“商売精神”が末端まで行き届かない。
このため、女子社員に明確な権限と責任を与えることで、仕事への意欲を持たせるようにしている。各売場には、それを統括するチーフを配置しているが、女子のチーフは現在70人近くいるという。
極端な場合、21歳の女子チーフの下に、大学卒の男子社員がいるケースもあるぐらいで、売り場のチーフは商品の売れ行きと在庫状況を見ながら発注する。レジのチーフはお客の入り具合を見ながらレジの稼動台数を調整する。女子社員といえども、一人ひとりが店主であるような責任を持たせることで、 “商人道”を肌で教えていこうとしているわけだ。
業界6位、安定成長を堅持する
ビッグストア業界は、この10年あまり(1960年~1973年)で驚異的な売り上げの伸びを示した。しかしヨーカ堂はこの中ではあまり伸びなかった方である。昭和40年(1965年)頃は、ダイエー、西友ストアが一歩リードといったところで、ヨーカ堂はその後にくっついていた。しかし、現在ではトップのダイエーが、年間売上高2800億円の規模になっているのに、ヨーカ堂は800億円足らずで、同業界では6位に留まっている。第2位の西友ストアに続く、ジャスコ、ニチイ、ユニーが合併で大きくなっていく中で、伊藤氏はマイペースを守ってきた。
それでもヨーカ堂の店には一店も赤字がないという。この業界では珍しいことである。「今の世の中は恐れを知らない人が多すぎやしませんか」という伊藤氏は、お客を恐れ、仕入れ先を恐れている人である。「商人精神のない社員が店頭に立つ店をどんどん作っていくことが怖い」のである。「仕入れ先を痛めつけて安く買うのが怖い」とも言う。
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