個人情報漏洩事件以降、業績の低迷が続くベネッセホールディングス。6月25日の株主総会に、この日をもって会長兼社長から退任する原田泳幸氏は姿を現さなかった。新経営陣は業績立て直しに向けて株主に何を説明したのか。
JR岡山駅に降り立つと、株主総会用バス乗り場を案内するスタッフが待機していた
JR岡山駅からベネッセの本社まではクルマで10分程度。駅から離れているので、株主総会に合わせて臨時バスを用意したようだ
本社では、ベネッセの社員らが待機。続々と株主が会場に入っていく
6月25日、ベネッセホールディングスは、第62期定時株主総会を開催した。2016年3月期の決算では、2017年3月期まで、3期連続の減収減益となる見通しを明らかにした。2年前の2014年6月、日本マクドナルドホールディングスから、ベネッセに転じた原田泳幸氏は同社の会長兼社長として事業再建に着手。だが就任直後に個人情報の漏洩事件が勃発。その事件の影響で中核事業である通信講座「進研ゼミ」の会員数は急速に減少していった。
事業の立て直しは叶わず、2017年度を含め3期連続減収減益見通しとなった責任をとって、原田氏はベネッセから去ることを決断した。原田氏の後を担う新経営陣は、事業再建についてどのように説明するのか。また原田氏は退任の日、株主に何らかのメッセージを残すのか。それが、今回の株主総会の一つの見どころとなっていた。
株主総会では、経営陣から株主に対し何が語られたのか。株主の協力を得て、この日、議論された内容を紹介する。
開始時間は午後1時半。通常、首都圏の株主総会では朝10時にスタートする企業が多い。午後にずらしたのは、遠方から訪れる株主を配慮してのことだろうか。午後1時半、時間ぴったりに、株主総会はスタートした。
冒頭、議長席に立ったのは、副社長兼CAO(最高管理責任者)の福原賢一氏。退任する原田氏の姿は見当たらない。すると福原氏は次のように説明を続けていった。
「原田は本日をもって会長兼社長を退任する。そのため本総会も新経営陣に運営を委ねるとして本日は欠席しています」
確かに原田氏は5月、2016年3月期の決算説明会で、退任すると表明した。本来ならば、集まった株主らにも直接、3期連続減収減益見通しとなったことについて自分の言葉で説明すべきであろうが、欠席したという(原田氏退任の詳細は「ベネッセ原田社長、改革挫折で涙の引責辞任」を参照)。
ただ、原田氏の欠席が発表されても、株主らから驚きの声は聞かれず、淡々と議事が進む。原田氏の欠席を受けて、議長を務めたのは副社長(総会開始時点)の福原氏だ。
「売り上げはお客様の信頼の証」
監査報告や2016年度の事業報告が終わった後、福原氏は今後の事業戦略について自らの言葉で説明を重ねていく。
新しい取締役については、「内外の英知を集結する」として社内取締役3人、社外取締役6人で構成されることを説明。これとは別に、5月中旬には経営戦略委員会を設立。社内や社外の役員のほか、外部有識者などを交えて議論する場を設けているという。「既に6回まで回を重ねている」(福原氏)と説明し、再建に向けた議論が活発に進んでいることを強調した。
経営体制についての説明を終えた後、福原氏はベネッセ創業者の言葉を挙げた。
「売り上げはお客様の信頼の証、利益は経営陣の努力の証」
この言葉を今こそかみしめるべきとし、進研ゼミやベルリッツの「変革」と海外教育事業、介護や学校事業の「成長」に向けた戦略について説明し始めた。説明によると、中国事業などは2006年からスタートして急成長を遂げているようだ。中国での会員数も、今年7月には100万人を突破する見通しだという。
また介護事業では全国200以上のベネッセ介護施設の入居率は93%。学校事業でも、ベネッセの教材などを活用しているのは、全国の高校の約9割に達するという。一方で、中核事業となる通信講座「進研ゼミ」には喫緊の対策が必要だということも分かった。
進研ゼミの会員は2012年4月には409万人だったが、2013年4月に385万人、2014年4月に365万人と、少子化の影響などで減少傾向が続いていた。そして2014年6月、個人情報の漏洩事件が明るみになる。すると翌2015年4月の会員数は271万人まで減少。2016年4月も243万人と減少は止まらない。
減少を少しでも食い止めようと、ベネッセでは今年4月から新サービス「進研ゼミプラス」を投入した。だが現時点では順調とは言えないようだ。福原氏はその原因を、「顧客ニーズとのギャップを埋められず、(進研ゼミプラスの)価値の訴求にも時間がかかった」と説明した。
グループ傘下で語学やグローバル人材を担うベルリッツコーポレーションについても、苦戦が続く。同社は1993年にベネッセに加わった。全米最大の留学支援事業会社だったが、大幅に利益が減るという。理由は、「これまでは、サウジアラビアの国費留学生を、ほぼ独占的に支援していたが、国費留学の学生が大幅に減少する。ここの利益率が高かったため売り上げの3割、利益の8割が減少する」(福原氏)というのだ。
中国や介護などの成長分野を伸ばすと同時に、進研ゼミやベルリッツなどの不振事業をいかに再建するか。福原氏をトップとする新体制は、船出から厳しい環境に直面する。事業戦略を語った福原氏は、改めて、創業者の言葉を振り返りながら、言葉を重ねていく。
「不振の原因は原点から逸脱していたため」
福原氏は次のように言葉を続けた。
「我々の原点である福武書店の社是は、『顧客中心・信用第一』。今回、社長を務めるに当たって、改めて社史を再読した。進研ゼミは後発弱小としてスタートし、圧倒的ナンバーワンになっている。介護事業も1000億円を超える売り上げになり、中国事業は会員数が100万人を超えようとしている。ベルリッツのように130年以上に渡って生き残る語学学校はほかにない」
「いずれも成長の原動力は、徹底したお客様視点とコミュニケーションだった。現在、不振の進研ゼミは、この原点から逸脱していたのではないか」
「創業者は『不易と流行の区別を付ける』と語っている。不易の価値とは何か。それは、学びや意欲に寄り添うことであり、向上心とも言い替えられる。これこそベネッセの語源となった『良く生きる』ことの本質。お客様を向いて、全力を尽くしたい」
創業の言葉を繰り返し引用して抱負を語る福原氏。今回、福原氏は社長に就くにあたって、創業家からどんな言葉を掛けられたのだろうか。創業者の言葉を繰り返す様子からは、原点に立ち戻ろうという意志に加え、福武家に対する配慮も感じられる。
福原氏が力強く話を終えると、会場からは拍手がわき上がった。
株主からの質疑応答では事業の知名度の低さに懸念を示す声が続いた。
ある株主は「ベネッセの事業内容が海外に知られていないのではないか。進研ゼミなど個別事業の知名度はあるが、グループとして社会に貢献していることを伝えるテレビCMなどを放映し、企業価値を上げる方策を考えてもらいたい」と要望。別の株主も、「自分の子供が高校生になり、初めて高校の教材にベネッセが使われていることが分かった。学校への教材提供の実績なども、きちんとPRすべきではないか」と重ねた。
確かにベネッセの場合、中核事業「進研ゼミ」の存在が大きすぎるためか、ほかの事業展開についてはあまり知らない人も多いはずだ。ベネッセの現在の立ち位置や外の評価を的確に捉えた質問に、福原氏も意見を述べる。
「これまでも例えば、ベネッセ教育総合研究所などのシンクタンクがあり、研究結果を発表してきた。だが確かに広報活動に迫力がないと思っている」と福原氏は認めたという。
「原田と同じ覚悟で臨む」
「どうも危機感が薄い気がする。不振の分析なども弱く、会社全体に危機感が弱い気がする。新体制で経営の舵取りを任される社内取締役の3人は本当にやる気があるのか。株価も2400円まで下がり、企業価値の3分の1が吹っ飛んだ。せめてここで、決意表明をしてもらい、何年後に回復するのか、明言してもらいたい」
業績不振が続く中、厳しい意見を投げかける株主も現れた。こうした声が挙がるのは、当然のことだろう。2017年度を含め3期連続の減収減益見通しである企業の株主総会とは思えないほど、これまでの議事進行は順調で穏やかなものだった。株主の追及に福原氏が答える。
「危機感は非常にある。これまでどちらかというと我々は、順調に成長してきた優等生企業だった。だが個人情報の事故で痛手を受ける前から、実は(進研ゼミの)会員数は落ちてきていた。そこで今では、デジタル教材の導入や塾との協業などを始めている。一朝一夕にV字回復ができるとは思っていないが、2016年度の減益で、下落に終止符を打ちたい」
「(今総会後に退任する会長兼社長の)原田は、3期連続の減収減益見通しのけじめをとった。私もこの会社を任されるに当たり、同じけじめのつけかたがあると思っている」
2017年度でも業績が回復しなければ、福原氏も退任する覚悟がある、ということなのだろうか。「覚悟を持って経営にあたる」「けじめをつける」という言葉が繰り返されたという。
社内役員は3人全てが介護出身?
新体制は社内取締役を3人、社外取締役6人の計9人の取締役が就任する。この新体制についても株主から質問が投げかけられた。
「原田氏の退任は残念だが、新体制に期待をしている。しかし社内取締役の経歴を見ると、どうも偏りがある。執行役員の顔も見えない」。今回の株主総会でも、執行役員はそれぞれの担当領域で株主からの質問に答えるため、取締役らの後ろに着席していた。だがその顔ぶれがほかで告知されていないことが、不満であるようだった。
また今回、社長に就いた福原氏のほか、副社長に再任された小林仁氏、取締役に新任される滝山真也氏ら、社内取締役3人はいずれも、介護事業を展開するベネッセスタイルケアに携わってきた。
福原氏は2004年にベネッセスタイルケア副社長に就任し、同年6月に同社の社長に昇格している。副社長の小林氏も03年12月に同社取締役になり、新任の滝山氏は2011年7月にベネッセスタイルケアの取締役に就任し、以降、介護事業を担ってきた。確かに介護事業は好調で、事業別の営業利益などを見ると、介護・保育部門は全体の7割を占めるほどの存在になっている。
ただ一方で、今なお売上高の半分を占めるのは「進研ゼミ」などの国内教育部門だ。今後も進研ゼミなどの立て直しが必要なのであれば、国内教育部門に強い人材を取締役に起用しても良いのではないだろうか。株主の質問は極めて真っ当な内容だ。
福原氏はこれに次のように答えた。「適材適所で選んだ結果、たまたま3人とも介護事業の担当だった。しかし介護事業を担当していたから、役員になったというわけではない。今後はこの社内取締役3人で、それぞれの職務に励むが、定款では取締役は10人まで選任できる。今回は9人で、1人分枠が空いているので、多種多様な経験を持つ人材を、選んでいきたい。ただしまずは足元の業績回復を目指して、3人で舵取りを進めていく」。
ほかにも、英国のEU離脱を受けた為替の変動が、今後の経営にどのように影響を与えるかなど、時事性に富んだ質問もあったという。
原田氏が欠席し、株主らが原田氏の最後の説明を聞く機会は失われた。原田氏の後を受け継いだ新体制は、福原氏を筆頭に、丁寧に株主らの質問に回答。上程された2つの議案(取締役9人選任の件と、取締役の報酬等の額改定の件)はスムーズに採択され、株主総会は終わった。
■変更履歴
3ページ本文中「介護事業も100億円を超える売り上げになり」とあったのは、
「介護事業も1000億円を超える売り上げになり」の誤りでした。
お詫びして訂正いたします。本文は既に修正済みです。 [2016/06/28 14:30]
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