慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)が次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに開設する「Executive MBA」。11月の経営者討論科目では元グーグル日本法人社長の村上憲郎氏が「第4次産業革命の時代を生き抜く」と題して講義を行った。
インターネットにつながる機器は、持ち運べるモバイルから、ウエアラブル(身につけるタイプ)、インプランタブル(体内への埋め込みタイプ)へと変遷しつつある。脳神経系統と結合したインプランタブル端末が行き着く先は、人間のサイボーグ化。村上氏はこの分野については、研究開発に最も積極的な米国防省の動きに注目すべきだとも指摘した。
(取材・構成:小林佳代)
村上憲郎(むらかみ・のりお)氏
元グーグル日本法人社長/村上憲郎事務所 代表取締役
1947年大分県生まれ。1970年京都大工学部を卒業後、日立電子に入社。1978年日本ディジタル・イクイップメント(DEC)に転じ、1992年同社取締役企画本部長に。1994年米インフォミックス副社長兼日本法人社長、1997年ノーザンテレコム(後にノーテルネットワークス)ジャパン社⻑、2001年ドーセントジャパン社長などを歴任。2003年グーグル米国本社副社長 兼 日本法人社長に就任。2009年グーグル日本法人名誉会長に。2011年村上憲郎事務所を開設し代表取締役に就任、現在に至る。(写真:陶山 勉)
ウエアラブル機器の先鞭を切った「グーグルグラス」
皆さんがインターネットに接続する機器は、これまでにデスクトップパソコンやノートブックパソコンからタブレットPCへ、携帯電話からスマートフォンへと変わってきました。今はどこにいてもインターネットにアクセスできる、モバイルインターネットの時代に完全になっています。
今、インターネットには新たな地平が広がっています。モバイルからさらに一段進み、スマートウォッチ、スマートグラスなど、ウエアラブル機器が普及する段階に入りつつあるのです。
ウエアラブル機器の先鞭を切ったのが「グーグルグラス」。AR(拡張現実)機能を持ち、裸眼で見る以上の情報を網膜に映し出すことが可能です。例えば、視線を向けた相手や視野に入った景色の情報を表示します。グーグルグラスはプライバシー等の問題から、一度は販売中止となりましたが、ここにきて法人向けとして仕切り直しが進んでいます。スマホのようにアプリケーションの募集が始まっているところです。
スマートウォッチというのは腕時計型をした小型のスマホです。ウォッチが密着する手首からバイタルシグナル(生体情報)を取得できるのが重要なポイントです。血圧、脈拍、体温のほか、高性能なセンサーを搭載していると血中の酸素濃度といったデータまで取得できます。
インターネットの新地平として、モバイルのほかにテレビの存在も大きくなっています。テレビ受像機はデジタルテレビから、インターネットにつながるスマートテレビへと進化してきています。
インターネットビジネスを「レイヤー」と「生態系」で考える
スマートテレビというのは、単なる新しいテレビ受像機を指すわけではありません。テレビがインターネットにつながることによってレイヤー構造を持つエコシステム(生態系)が出来上がります。「プラットフォームレイヤー」、テレビ受像器・セットトップボックスなどの「物理レイヤー」、「アプリケーションレイヤー」、「コンテンツレイヤー」から成り立つエコシステムこそが、スマートテレビです。
スマートテレビについて考えるときは、レイヤーで考えなければならない。単一の製品ととらえるのではなく、様々な役割を持った経済主体で形成されるエコシステム(生態系)だと考えるべきなのである。(写真:sauromatum/123RF)
インターネットビジネスに特徴的なのは、このように「レイヤー構造」が生じることです。第4次産業革命が進むと、あらゆる業界がレイヤー構造に変化していきます。企業はプラットフォームを握ればかなり手堅いポジションを得られることになります。例えば、スマートテレビでいえば、ネットフリックスやフールー、ユーチューブ、アマゾンプライムなどが、プラットフォームレイヤーのプレイヤーです。
もちろん、「プラットフォームを創出できなければ終わり」というわけではありません。自分たちが得意としていて収益をしっかり確保できるレイヤーで、それぞれが勝負すればいいのです。主戦場としてどこを選ぶか。それを決断するにはリーダーシップが問われます。第4次産業革命が進行しつつある今、リーダーの決断は非常に重くなっています。
グーグルが開発したスマートコンタクトレンズ「グーグルコンタクトレンズ」。実用化されれば、糖尿病患者が苦痛をともなうことなく血糖値を確認できるようになる。(写真:AP/アフロ)
ウエアラブル機器からインプランタブル機器へ
モバイルからウエアラブルへと進化してきたインターネットは、さらにインプランタブルの領域にまで到達しようとしています。埋め込み型の差し歯にインプラントという呼び名があります。ここからわかるように、インプランタブルとは「埋め込める」という意味です。
インプランタブルの分野でも先鞭を切ったのもグーグルです。スマートコンタクトレンズ「グーグルコンタクトレンズ」の開発を進めています。このコンタクトレンズには、目の涙を分析することによって血糖値を測る電子回路を搭載。無線で血糖値の情報を送信します。
ウエアラブル、インプランタブルなどの技術は方向性が2つあります。1つは身体の健常者の能力を補強するという方向。グーグルグラスが典型です。グーグルグラスをかけて道を歩くと、目の前に現れた人がどこの誰か、道沿いに建つビルはどこの会社か、といったことがわかります。10月にグーグルは相手が話した外国語を母国語にリアルタイムで翻訳する機能がついたワイヤレスイヤホン「ピクセル・バッズ」を発売しました。これらは元々の身体の機能以上の能力を付与するものです。
もう1つは、身体に障害を持つ方の機能を回復するという方向です。現在、医師とエンジニアとが懸命に技術の実用化を目指しています。グーグルはアナウンスしていませんが、グーグルグラス、グーグルコンタクトレンズときたら、次には「グーグルスマートアイ(眼球)」、「グーグルスマートイヤー(耳)」という方向にいくということは想像に難くありません。こうなると脳神経系統と、機械やコンピューターとをどうつないでいくかが、次の技術課題になってきます。これを突き詰めればサイボーグの方向に進みます。
「デジタル端末と人間の神経系統との結合の研究が加速していく」
脳にセンサーを埋め込み、兵器を動かす?
2014年、ブラジルで開催されたサッカーワールドカップでは、下半身不随で歩行できない女性が初戦のキックオフを行うことが予告されていました。この女性は事故で脊椎を損傷したため、脳からの指令が足に伝わりません。しかし、脳波を測定するヘルメットを装着することで、「立ち上がりたい」「右足を蹴り出したい」という脳の意思を脳波を解析することで読み取り、それを両足に装着した外骨格と呼ばれるロボットの足のような機械に伝え、足を動かそうとしたのです。
結局、この時には実現しなかったのですが、既に3年前にはこうした取り組みを検討するぐらい技術は進んでいました。
こうした脳神経系統と機械・コンピューターとの結合は「ブレーン・マシン・インターンフェース(Brain Machine Interface)」の略でBMIとか、「ブレーン・マシン・マッスル・インターフェース(Brain Machine Muscle Interface)」の略でBMMIなどと呼ばれ、研究が進んでいます。間に挟む機器は「ファンクショナル・エレクトリカル・スティミュレーション(Functional Electrical Stimulation)」の略でFES。実は、これらの機器には双方向性が必要となります。
我々健常者は意識していませんが、筋肉を動かすには触覚が重要です。例えば、モノをつかむ時には、指先にどれぐらいの圧力をかければつかめるかという触圧を脳にフィードバックしながらつかみます。固さ、重さなどによって手加減を調整します。強すぎてもいけないし、弱すぎてもうまくいきません。こうした双方向性を持つ「ブレーン・マシーン・ブレーン・インターフェース(Brain Machine Brain Interface)」の開発はサイボーグの実現につながります。
神経系統と機械やコンピューターとを結合させる上で、医師は電極などを直接脳に接触させない「非侵襲性」を維持したいと考えます。けれどエンジニアは「侵襲性」のある方法の方が確実に脳波を計測できると主張します。メルボルン大学のバイオニック研究所では、血管を通してセンサーを脳に埋め込み、脳神経から直接電気信号を感知しようとする研究が進んでいます。
実はこの研究は米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)が資金提供しています。同盟国とはいえ、なぜ米国が自分たちの研究予算をオーストラリアの大学にまで配っているのか。この研究が進めば、人間のサイボーグ化が進み、脳波で兵器を動かすこともできます。外骨格はガンダムのモビルスーツのように健常な兵士の能力向上にもつながります。米国はスマート義手・義足による傷病兵の機能回復のほか、能力の高いサイボーグ兵士の開発も視野に入れているのかもしれません。この分野の米国防総省の動きには注目していくべきです。
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