柴田高(しばた・たかし)
1981年川崎医科大学卒業。医師免許取得後、大阪大学医学部第2外科に入局。大阪府立千里救命救急センター、市立吹田市民病院外科、84年大阪大学医学部第2外科酵素化学研究室に勤務し、87年大阪大学医学博士号を取得。大阪府立成人病センター外科医員、市立豊中病院外科部長を経て、2004年大幸薬品副社長、2010年代表取締役社長に就任。(写真:陶山勉、以下同)

 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)は次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに特化した学位プログラム「Executive MBA(EMBA)」を開設している。「EMBA」プログラムの目玉の1つが、企業経営者らの講演と討論を通して自身のリーダーシップや経営哲学を確立する力を養う「経営者討論科目」。日経ビジネスオンラインではその一部の授業を掲載していく。

 10月の経営者討論科目では、大幸薬品の柴田高代表取締役社長CEO(最高経営責任者)が「外科医療から生まれたEvidence Based Marketing」と題して講義した。胃腸薬のロングセラー「正露丸」を危機から救い、空間除菌製品「クレベリン」をヒットさせ、老舗企業の成長を牽引する柴田社長CEO。外科医時代に身につけた「エビデンス重視」の姿勢を企業経営でも貫くことで成果を出していることを説明した。

(取材・構成:小林佳代)

 みなさん、こんばんは。今日の講義のテーマは「外科医療から生まれたEvidence Based Marketing」です。

 私は20年以上外科医として勤務した後、祖父が創業した大幸薬品の経営者となりました。医療現場での経験を生かし、老舗企業に横たわっていた様々な問題を解決しながら、今日まで存続・成長させてきたつもりです。その経験が、少しでも皆さんの参考になれば嬉しく思います。

 医療の世界には「Evidence Based Medicine(科学的根拠に基づく医療)」という言葉があります。私が医者になった頃は、手術でも治療でもエビデンスを基にするということはなく、過去の経験に基づいた医療を行っていました。Evidence Based Medicineが広がったのは20年ほど前から。現在では統計的処理や分析などを実施し、エビデンスに基づいて治療方針を決めるやり方が定着しています。

 医療の世界で浸透したこの手法を経営の世界でも広げようと、私が目指しているのが「Evidence Based Marketing」。エビデンスに基づいて商品をつくり、売ることに注力しています。

 私がEvidence Based Marketingを目指すのは、医師時代にエビデンスが製品の売れ行きを大きく左右することを目の当たりにした実体験があるからです。

科学的根拠を基に製品が売れ、市場が広がる

 ベトナム戦争の激戦地の地名にちなんだ「ダナン肺」という肺の病変があります。戦場で外傷を受けた兵士が輸血や手術によって一命を取り留めたものの、翌日に急性の肺炎で亡くなってしまうという症例です。

 私が勤めていた大阪大学第2外科の酵素化学研究室は、そのメカニズムを解明しました。短時間に外傷と手術という2回のストレスを受けることで、白血球が誤作動を起こし、タンパク分解酵素で自分の肺を攻撃し、肺炎を引き起こしていることを明らかにしたのです。

 酵素化学研究室ですい炎治療薬の治験などを担当していた私は、この「成人型呼吸頻発症候群」にすい炎の治療薬が効くのではないかと考え、それを実証しました。治療法の論文を書き上げたところ、あるメーカーのすい炎治療薬の売り上げは1年で40億円から200億円にまで拡大しました。

 このような論文を書き上げると、科学的根拠を基に製品が売れ、市場は大きく広がります。極めて効果的なマーケティングが可能となります。研究室で色々な製薬メーカーと共同研究していく中で、私はエビデンスが持つ力の大きさを実感しました。後に大幸薬品の経営トップになった時、真っ先にエビデンス重視のマーケティングを実践することを決意したのです。