「人生で一番楽しい時を過ごしている」と思っていた

受講者:斎藤さんはこれまでに4つの会社を経験されています。会社を変わる時にどんなご苦労があったのか。また、その過程で「自分が変わった」と思ったのはどういう時でしょうか。

斎藤:米国に留学した時には「自分が変わってきたな」というのを実感していました。留学している間、リアルタイムで「自分は今、人生で一番楽しい時を過ごしている」と客観的に思っていたぐらいで、とにかく毎日が刺激的でした。

 苦労というのとは違うかもしれませんが、転職を決めるまでにはいろいろありましたね。自分の周りには転職をした人がいなかったのですごく悩みました。親も「いい会社に入って、いい社宅にも住んでいるのに、どうして転職する必要があるのか」と言うし。

 先ほどお話しした意思決定の話でいうと、その時の私は55対45で迷っている状態でした。それを6対4と考えて、「エイヤ」と決めました。自分が日本の金融機関に就職した頃には転職の「テ」の字すらない世の中だったのが、社会に出てから12年たってみたら転職は普通のことになってきていました。ということは、この先、さらに12年たつともっと変わるだろうと考えました。そして私の場合、1回転職したら、2回目、3回目の転職はもう悩むことはありませんでした。

受講者:30年後の日本はどういう姿になっていると想像していますか。また、その中で企業が勝ち残るにはどうしたらいいか、考えを聞かせてください。

斎藤:30年後の日本についてですか…。わかりませんね、全く。ただ、何にしても勝ち残るには「チャバネゴキブリ」のような変化対応力が必要でしょう。企業もそうだし個人もそう。私と同じぐらいの年齢の人で、ずっと同じ会社に勤め続けてきた人の履歴書を見ると、頭がいいかとか、優秀かということより、「新しい会社に適応できるのか」と考えたりします。

「勝ち残るには、どんな環境でもやっていける柔軟な変化対応力が不可欠」。
「勝ち残るには、どんな環境でもやっていける柔軟な変化対応力が不可欠」。

根拠のない自信が芽生えてきた

受講者:少しイヤなことを言わせていただきます。斎藤さんは有名大学を卒業し、エリート金融機関に入り、MBAを取って、外資系企業に勤めて…と私からすると「世の中のいいところ取りをしていらっしゃる」、「勝ち組」という印象です。斎藤さんのような力も経験もある方にこそ、ぜひ日本の企業に入ってドロドロの世界で変革に挑んでほしい。なぜ、今のような道を選んだのでしょうか。

斎藤:どういう答えを予想していますか? 1番、日本の会社は給料が安いから行きたくない。2番、日本の会社のドロドロしたのなんてまっぴら。3番、日本の会社では社長になれないからイヤだ。どれだと思いますか。

受講者:全部かもしれないですね?

斎藤:なるほど。実際のところ、日本の会社って結構、給料は高いのではと私は思います。ただ、ドロドロしていて変えられないという日本の企業は多いでしょうね。それ以上に中途で入社してバリバリ働けるところって、あまりない。あるとすれば創業家の力が強い一部の会社ですかね。だから私はもう、日本の企業には入れないなと思いますね。

 さらに過激なことを言うと、私は別に日本の会社を命がけで変革して立ち直らせなくても、日本という国が残っていて、日本人がいて、日本の経済が回っていればいいと思っています。

 ちなみに今、私は「勝ち組」という指摘を受けましたが、まあ勝ち組でないことは、ないかもしれないけれど…どうでしょうかね。上にはいくらでも上がいます。そして、ジョブセキュリティーからすれば、日本の会社の方がはるかにあると思います。我々、外資系は業績不振でクビっていうのがしょっちゅうある。それから、上司と合わなくて「さようなら」ということも、いくらでもあります。そういうリスクは、日本企業よりもはるかにありますね。

 外資系企業に勤め始めた頃は特にそれを強く感じました。それが、だんだん「なるようにしかならない」と思うようになりましたけれど。さらにいうと、「なんとかなるだろう」という、根拠のない自信が芽生えてくる。今では、「考えても仕方がないことは考えない」という、一種の処世術が自然に身についてきたように思います。(了)