米国流経営の限界を感じた

 日本電子や米国法人でのリストラの経験から私は多くのことを学び、感じ取りました。

 よく言われるように、経営の要素は「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」の4つですが、この4つの要素を同列に並べて考えるのは大間違い。同列に考えるからヒトを切ってカネにしようという発想が生まれてしまいます。

 ヒトがいてこそモノをつくり、カネを生み出し、情報を生かすことができます。新しいサービスや製品をつくるのは常にヒトです。三角錐の頂点にヒトがいて、下の三角形の部分にモノとカネと情報があるのだということを忘れてはなりません。幾つかの修羅場を経て、私は人間こそが企業の成長の原動力なのだという考えに至りました。

 また、米国で米国的経営に触れた私はその限界も感じました。役員はみな個室にこもりっ放し。横断的な情報交換をできる場がありません。営業部、開発部、サービス部といった部署間で連携もなく、協力関係も築けない。駐在している日本人も含め、社員は本社の批判ばかりで「自分たちでなんとかしよう」という意識がありません。このように個人主義、他責主義が蔓延した状態では、会社がピンチの時に力を発揮することはできないと痛感しました。

経営は理屈だけではない、情も大事

 米国での業務を経験した後の1992年末に、突如日本から私に帰国命令が出ました。1993年から日本で用意されたポストは日本電子の国内営業担当取締役でした。

 日本電子はバブル崩壊後、再び業績が悪化していました。当時の経営者たちは本社の人員を減らすため、部長・次長など営業幹部を地方代理店へ出向させたいと考えていました。しかも彼らの労務費や経費はすべて先方の代理店に負担させたい。その厳しい交渉を私に担当させようというのが私を帰国させた狙いでした。

 代理店の立場で考えれば、日本電子から幹部社員を受け入れたとしても、新たに増えるコストに見合うだけの利益をあげることは難しい。代理店側にほとんどメリットはありませんから当然、交渉は難航しました。

 私は地方の代理店社長の元へ何度も何度も通いました。しかし、訪問する度に「労務費まで払うなんて、見合う話ではないだろう」と怒られます。もっともな話だと思いつつ、あきらめずに通い「御社を通じてこの地域の商売を拡大しますから」と説明しました。

 何回も通ううち、代理店の社長にも情がわいたのでしょう。富山、長野、群馬、静岡の代理店社長が受け入れを決めてくれました。長いところで3年、短いところでも1年、部長や次長の出向を認めてくれたのです。経営は理屈だけではない、情も大事だということを実感しました。

 それから数カ月後、さらに私は業績不振に陥り、存続が危ぶまれた7割出資している子会社・日本レーザー社長に転出することが決まりました。それぞれの代理店に赴き、「短い間でしたが、お世話になりました」と挨拶すると、社長の中には「新しい会社でも頑張れよ」と餞別をくださる人もいました。会社の命令で異動するだけなのに餞別をもらえるとは思ってもいません。驚くやら感激するやら。ここでもまた情の有り難さやご縁の尊さというものを感じたのでした。