リーダーシップの真髄はエンパワーメント
第98回 日色保ジョンソン・エンド・ジョンソン代表取締役社長(3)
日色保(ひいろ・たもつ)
1988年静岡大学人文学部法学科卒業後、ジョンソン・エンド・ジョンソンに入社。医療機器の営業、マーケティング、トレーニングを担当。外科用機材部門と糖尿病関連事業部門の事業部長を経て2005年にグループ会社オーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス社長に就任。2008年同社アジアパシフィック事業も統括。2010年ジョンソン・エンド・ジョンソンメディカルカンパニー成長戦略担当副社長シニアバイスプレジデントに就任。2012年から現職。(写真は北山宏一、以下同)
慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)が次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに開設する「Executive MBA」。6月の経営者討論科目の授業には、ジョンソン・エンド・ジョンソンの日色保代表取締役社長が登壇し、「ジョンソン・エンド・ジョンソンにおける人材育成とリーダーシップ」をテーマに講義を行った。
様々な経験を積みながらリーダーに必要なことを学んできたと語る日色社長。そこにはジョンソン・エンド・ジョンソン流の人材育成のフィロソフィーが色濃く反映していると振り返る。自らの豊富な経験をもとに、リーダーシップに重要な要素を語った。
(取材・構成:小林佳代)
私自身の今までのキャリアを紹介してきましたが、ここにはジョンソン・エンド・ジョンソンの人材開発に関するフィロソフィーが如実に表れていると思います。
そのフィロソフィーとは「ストレッチ」です。日本の企業だと、「彼にはまだ早い」とか、「経験がない」「失敗したらどうするんだ」という表現が出てくることが多いのではないかと思います。けれど、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、「早いからこそやらせる」「経験がないからこそやらせる」という方針です。このフィロソフィーの違いはすごく大きい。こうしてストレッチ、ストレッチをしてもらった結果、私自身も社長の仕事ができるところまで育ててもらったと思っています。
私自身がリーダーシップで重要だと考えている要素の1つがエンパワーメントです。自分自身の失敗も含めた経験から、エンパワーメントというのはとても大事なコンセプトだと思っています。一人ひとりが持つポテンシャルを最大限に発揮するように支援すること、気付きを与えること、インスピレーションを与えること。これがエンパワーメントだと思っています。
マイクロマネージをしていたら、部下は言われたことだけをやろうとなってしまいますから、ポテンシャルを発揮させることはできません。ただし、丸投げもダメです。
人のモチベーションを上げるためには3つの要素が必要です。第1にストーリー。ミッション、ビジョンやその仕事をしている意義です。自分がやっていることが、いったい何につながっているのかというストーリー。それを伝えてあげることが大事です。テキサスの工場で小児心臓外科のビデオを見て涙を流しているおばちゃんたちを見た時に、そう確信しました。
第2はグロース。成長です。今の仕事をすることによって、自分にどういう力が付くのか。将来にどうつながるのかということを明確にすること。これがモチベーションアップには非常に重要です。そのためにストレッチをしてあげたり、チャレンジの機会を提供したりすることが大事です。
それも、コミュニケーションを取りながらすることが必要です。ある日突然、人事異動で「お前はあっちに行け」というだけでなく、「これをやることによって君にはこういう力が付くぞ」ということをきちんと伝えてあげることが大事だと思います。
「リーダーを育てるリーダー」を選ぶ
第3にレコグニション。やはり人間は誰でも認めてもらえないと続きません。承認・感謝の気持ちを示すことです。個人として、「よくやったね」「よくできているよ」と認めるのも必要ですし、「君のおかげでこのチームはこんなに成長したよ」とチームに対する貢献を認めてあげるとすごくいいと思います。
禅問答のように感じるかもしれませんが、私は、「真のリーダーとは、『リーダーを育むリーダー』を育てること」とよく言っています。
英語で表現すれば、こうなります。
You are not a true leader until developing the leaders who develop other leaders.
よく「自分の右腕を育てる」とか「後継を育てる」って言いますが、その育てようとしている人は、さらにその下の人間を育ててくれるリーダーでしょうか。そこが大事です。下を育てようとするリーダーで、循環していかなくてはいけないのです。
時々、シニアリーダーなどで、すごく一生懸命やっていて実績は挙げているけれど、下の人間を育てることに興味がない人間ばかりを選ぶ人がいます。私に言わせれば、そういう人間はボトルネックです。そこで循環が止まってしまうからです。
すべからくリーダーというのは次のリーダーを育てなくてはいけません。そのリーダーは、さらにその次のリーダーを育てなくてはいけない。これを私はすごく大事にしています。自分の下の人たちも、ただ単にリーダーとして優れているとか、好業績を挙げているというだけでなく、下の人間を育てられているか、育てられるリーダーを選んでいるかということを見るようにしています。
リーダーは自分を取り繕ってもごまかせない
もうひとつ、リーダーシップで大事にしているフィロソフィーがレゾナンス。共鳴とか共感です。それからオーセンティックであること、つまり真正でウソ、偽りがないということも心がけています。
新しい上司やリーダーが来ると、その人は、「今度のチームでは、こう見られるリーダーでありたい」と思って一生懸命頑張ります。ところが、1週間か2週間ぐらいして下の人たちに、「今度来たリーダーはどんなタイプ?」と聞くと、たいてい、みんなそれとは違うことを言いますね。2週間もすると「このリーダーはこんな人」というのがみんなわかる。残念ながら、上司自身が「こう見られたい」というのと部下が見る上司の姿にはズレがあります。
何が言いたいかというと、一生懸命自分を取り繕っても、下の人たちはごまかせないということです。ムリをしてもムダなのです。オーセンティックであること。真正でウソ、偽りなく、正直であることこそが大事です。
リーダーにはヘッドも必要だし、ハートもガッツも必要です。ヘッド、ハート、ガッツ…。全部必要なのですが、人を引っぱっていくには、ハートがいちばん大事です。心がないと人は付いて行きませんから。ハートでリードできることが重要です。
そしてエネルギーレベルが高くて、すべてに前向きで熱心に取り組めること。それから自分にきちんと規律を持っていること。人に厳しく、自分に甘いというのは一番よくない。きちんと自分を律することができることが必要です。こういう要素を合わせ持つリーダーになりたいと私は思っています。
ひたすら復唱することで英語力を向上した
最後に私自身の英語の勉強法についてご紹介します。私は米国に派遣される時、初めて受けたTOEICが615点でした。片言で会話はできるけれど、流暢に話すにはほど遠いという状況でした。
実際に米国に行ってみると、ビジネスも製品も知っていましたから、仕事の上ではなんとかなりました。けれど、一緒にバーに飲みに行ったりすると、全然話についていけなかった。
その時、私が思ったのは、とにかく発音をよくしなくてはいけないということでした。「発音が悪いとインテリジェンスレベルがディスカウントされて見られる」と感じたからです。
よく「ブロークンイングリッシュでも自分の主張を伝えることが大事だ」という言い方がされることがあります。それも一理あると思います。ただ議論に勝たなくてはいけないとか、こちらのアジェンダをねじ込まなくてはいけないというような時には、それだけでは足りない。やはり発音が重要です。
といっても、私は英会話学校に通ったりはしませんでした。実地で勉強して、しっかり発音できるように頑張りました。何をやっていたかというと、現地のテレビを見ながら、ひたすらシャドーイングしていました。聞こえてきた英語を即座に復唱するんです。
ある時、仕事で病院に行って、待合室で待っていると、横にいたおばあちゃんが突然、「Excuse me,Are you OK? Are you all right?」と話しかけてきました。「なんのことだろう」と思ったのですが、どうやら私は待合室にあったテレビから流れてくる英語を聞いて、無意識にブツブツとシャドーイングしていたようなんですね(笑)。
家に帰ってから、奥さんに「今日、こんなことを言われたよ」と話したら、「あなた、いつもそれやっているわよ」と言われて(笑)。でも、そうやって口の中でモゴモゴ繰り返しているうちに正しく発音できるようになっていったのだと思います。
自分が正しく発音できるようになると、今度は耳の聞き分ける能力が上がるんです。RとLとか、VとBとか、日本人には難しい発音の違いが聞き取れるようになりました。
そうやって私は少しずつ英語の力を向上させていきました。英語の学習に壁を感じている方は、ぜひやってみていただきたい方法です。
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