「自分に心地いい人かどうか」で判断してはいけない

 その後、営業とマーケティングの統括を経て、私は36歳で部員180人、売上高160億円ほどの事業部の事業部長になりました。この時には、ナレッジマネジメントに挑戦しました。この仕組みによって、他の営業所で成功している戦略が誰の手を経ずとも見られるようになります。そのほかにも、社内のノウハウや知識、知恵がものすごく流通するようになりました。

 ナレッジマネジメントを構築したことで、情報をコントロールすることによってのみ、付加価値や存在意義を維持していたマネジャーは淘汰されていきました。機敏なマネジャーは、情報がシェアされることを前提に、自身も情報に対するアンテナをいっぱい立てて勉強し、営業員に対する支援を強化して成果を上げていきます。マネジャーやリーダーの役割は情報を管理することではなく、下を支援することだと改めて強く感じました。

 その後、別の事業部の事業部長に就任します。ここは売上高が1億円ほど。部員も20人ぐらいしかいません。1年半前に華々しく立ち上げたものの、わずか9カ月で事業部長が飛ばされ、その後任も9カ月後にいなくなるという悲惨な状況に陥っていました。

 以前の事業部は「1を言えば10を理解する」ような人材がそろっていましたが、今度はそうはいきません。こういう環境の中で、今いる人材を活用しながらいかに立て直すか。私がやったのは「社員たちに勝つことへのこだわりを持たせること」でした。自信をつけさせるために社員たちを徹底的にトレーニングし、やったことがない仕事にもどんどん挑戦させました。その結果、1年弱ほどで事業部を立て直すことができました。新しい経験を積ませることが、いかに人を育てるかを改めて認識する出来事となりました。

 その後、グループ内の臨床検査会社の社長に就任しました。39歳の時です。売上高は200億円ほどでしたが、臨床検査の業界ではトップ10に入る会社です。

 この会社に入って驚いたのは、社員の中に私の目をまともに見ようとしない人とか、何を言ってもボソボソとしか返事をしない人がいたこと。コミュニケーション力は乏しく、「もし、私が採用の面接官だったら5分で落とすだろう」と思いました。

 ところが、こういう人たちが臨床検査の世界ではただ者ではないのです。輸血検査のプロトコルに関して業界随一の存在だったり、ネットワークシステムにものすごく強くて、自分でソフトウエアまで開発していたり…。

 私は、自分が営業出身ということもあり、元気で、ハキハキしていて、言いたいことがきちんと言える人材を評価したくなりがちでした。しかし、臨床検査の会社には緻密さが求められます。人材は多種多様です。自分のバイアスで、自分にとって心地いい人をつい優遇してはいけないということを痛感しました。