手術のビデオを見せて仕事の意義を伝えた

 33歳でマーケティングを担当することになりました。この時に一番印象に残っているのは、品質改善への取り組みです。

 私たちが扱う医療機器や医療材料は患者さんに直接的に影響するもの。品質には極めて厳重な対応が必要です。中でも日本の要求水準は非常に高い。欧米の品質基準と日本の品質基準のギャップには相当な差があります。日本の品質基準を満たすべく、時に我々はテキサスにある工場まで出向いて品質改善に取り組んでいました。

 テキサスの工場はとてつもない田舎にあり、地元のおばちゃんたちがたくさん働いています。彼女たちは一生懸命に仕事をしていますが、「自分たちの仕事が誰のために、何のために役に立っているのか」はピンときていません。9時から5時まで工場にいて、「目の前にあるこれとこれをくっつける」といった作業に終始していますから、仕事へのこだわりもあまりありません。

 あれこれ手を尽くしたものの、品質改善はなかなかうまくいきませんでした。最終的に、私は日本から心臓血管外科医を連れて行きました。彼が行った心臓手術をおばちゃんたちにビデオで見せたのです。その先生は小児専門なので、ビデオに映っていたのは先天性の疾患で手術を受ける子供の写真でした。麻酔を受けて、たくさんのチューブがつながれた状態で手術が始まります。拍動している心臓に血管をつなぐ作業をしている時、ビデオをパッと止めます。心臓外科医が「ここで皆さんがつくっている製品を使います。この製品はとても大事なもので…」ととうとうと語り出します。

 この仕掛けはとても効きました。おばちゃんたちはみんな涙、涙…。「この子は助かったの?」と聞いてきて、「助かって、今はとても元気です」と言うと、パチパチパチパチと拍手がわき起こりました。この出来事の後、おばちゃんたちの仕事への取り組み姿勢は変わり、ぐんと品質も上がりました。

 「自分たちの品質基準に合わない」と文句を言っても始まりません。相手の立場、相手の心にきちんと刺さる材料を提供する。そうすれば話は伝わるし、物事は通じます。そんな勉強ができた経験になりました。