偏見を捨てて、受け入れてみる

 目の前のベッドには、治療を必要とする患者さんが麻酔をかけられて寝ています。そんな緊張感あふれる場で、一生懸命に手術をしている医者に対して、自分が「こうしてください」などと指示をするのです…。ついこの間までちゃらんぽらんな学生だった私ですが、この経験で、一気に新入社員気分が吹き飛びました。

 しっかり勉強して、正しい情報を伝えなければ、今、目の前で寝ている患者さんに悪い影響が及んでしまいます。「これは真面目に仕事に取り組まなくてはならない」と意識を改めました。そして、自分自身が本腰を入れて取り組むことで、「仕事は面白い」と感じるようになったのです。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンという会社は、「これから伸びる」と思った事業には思い切った投資をします。低侵襲の手術部門も一挙に人員を3倍に拡大しました。大量に人を採用したため、マネジャーが足りなくなり、最後の1席は「もういいや、お前で」と、私が就くことになりました。

 会社に入ってわずか3年半、26歳で営業部員8人を抱えるマネジャーになりました。マネジャーというのは何をしなくてはならないのか。それすらわかっていなかったので試行錯誤でした。今振り返ると、自分のコピーを一生懸命つくろうとするばかりで、決していいマネジャーではなかったと思います。管理の方法もリードの仕方もわからないから、とりあえず、自分の経験に従って「オレのようにやれ」という指導になっていました。

 そんな時期に、日本に赴任していた米国人マネジャーが体系的な人材開発やトレーニングの必要性を主張していました。それまでのジョンソン・エンド・ジョンソンは知識やスキルの伝え方も極めて属人的でしたが、それを改め、誰もが同じ水準で知識やスキルを習得できる仕組みが必要だと説いてきたのです。しかし、日本のマネジャーたちの受け止め方は冷ややかでした。「日本のことを何も知らないヤツがいきなり来て何を言ってるんだ」という感じです。私もそう思っていました。

 ある時、たまたまその米国人マネジャーと帰りが一緒になり、2人で歩いていた時に、彼がポツリと「日色さん、This is pain」とつぶやきました。彼は、日本のマネジャーたちが自分たちで壁をつくり、協力してくれない構図に苦しんでいたのです。その姿を見て、単純に「かわいそうだな」と感じました。そこで、私はバイアスをなくして、改めて彼の話を受け止めてみようとしました。すると、彼が言おうとしていることがはっきりと理解でき、その重要性に気づいたのです。

 偏見を捨てて受け入れてみることで、全く違うことが見えてくる――。多様な人々と関わり合いながら、一人ひとりの考えや価値観を尊重し、聞き入れるインクルージョン(包含)の重要性を学ぶ貴重な経験になりました。