日色保(ひいろ・たもつ)
1988年静岡大学人文学部法学科卒業後、ジョンソン・エンド・ジョンソンに入社。医療機器の営業、マーケティング、トレーニングを担当。外科用機材部門と糖尿病関連事業部門の事業部長を経て2005年にグループ会社オーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス社長に就任。2008年同社アジアパシフィック事業も統括。2010年ジョンソン・エンド・ジョンソンメディカルカンパニー成長戦略担当副社長シニアバイスプレジデントに就任。2012年から現職。(写真は北山宏一、以下同)

 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)は次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに特化した学位プログラム「Executive MBA(EMBA)」を開設している。「EMBA」プログラムの目玉の1つが、企業経営者らの講演と討論を通して自身のリーダーシップや経営哲学を確立する力を養う「経営者討論科目」。日経ビジネスオンラインではその一部の授業を掲載していく。

 6月の経営者討論科目ではジョンソン・エンド・ジョンソンの日色保代表取締役社長が「ジョンソン・エンド・ジョンソンにおける人材育成とリーダーシップ」をテーマに講義した。新しい場所で様々な経験を積ませてキャリアを構築していくのがジョンソン・エンド・ジョンソン流の人材育成。典型的なキャリアパスをたどった一人が、史上最年少の46歳で現地法人トップに就いた日色社長だという。日色社長は自身の経歴を振り返りながら、それぞれの場でどんな経験を積み、どんな学びを得て社長への階段を上っていったかを説明した。

(取材・構成:小林佳代)

 ここからはジョンソン・エンド・ジョンソンの人材育成や私が考えるリーダーシップについて話していきます。

 能力開発のあるべき形というのは様々な考え方があると思います。私自身が考えるポートフォリオは、トレーニングコースや資料からの学習が10%、他者からの学習が20%、新たな経験からの学習が70%というものです。

 つまり、人を育てる上で最もインパクトが大きいのは、実際の新たな経験からの学習だと考えています。もちろん、座学も重要だし、人から教えを受けることも必要ですが、「今までやったことがないことをやらせてみる」ことが、人を大きく成長させるきっかけになると信じています。

 私の場合、新卒でジョンソン・エンド・ジョンソンに入社してから24年目、46歳で社長になりました。現地法人の社長としては最年少です。数えてみると、それが14件目の仕事でした。

 私は地方の国立大学の出身。社長になるための勉強をしたわけではないし、MBA(経営学修士)も取得していません。正直、社長になる素養があったわけではありません。けれど、色々な仕事をして、その度に新しい経験を積んでいくうちに、気づいたら、世界最大級のグローバル企業の日本法人社長を務められるぐらい、身体のいろいろな部分に筋肉がついていました。そのプロセスに大変感謝をしていますし、「ジョンソン・エンド・ジョンソンという会社に育ててもらった」と心から思います。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンでの私の経歴をご紹介しながら、それぞれの仕事でどんな学びがあったのかを紹介していきましょう。

 私が入社したのは1988年。バブル真っただ中で、世の中がすごく浮かれていた時代でした。地方の大学生だった私は、正直なところ、あまり深い考えもなく、熱心に企業を研究したわけでもなく、いろいろな経緯があって、ジョンソン・エンド・ジョンソンに入社しました。

 入社後は営業部員として医療機器や医療材料を売る仕事に就きました。私が担当したのは、外科手術用の製品です。当時はちょうど腹腔鏡などを使う低侵襲型の手術が出始めたころでした。営業で病院に行き、外科の先生方にそういう機器や手術方法を紹介していました。時には、40代、50代の教授が執刀する手術に立ち会い、「先生、もっとレバーをひっぱってください」「こうやって動かしてください」と指示もしました。大学を出たばかり、若干22~23歳だった自分には大変なカルチャーショックでした。