「極める」か「あきらめる」か、それが問題だ

 私が松下で最初に配属されたのは電卓事業部でした。今や電卓は100円ショップにも並ぶような安価な製品になっていますが、私が松下に入社した1970年当時は大変な高額商品でした。私が売っていた電卓は1台19万8000円のものと13万9800円の2機種。初任給は約4万円でしたから、高い方は初任給の約5倍です。軽自動車が買えるほどの値段でした。

 当時は日本だけで電卓メーカーが46社もありました。東芝、日立製作所、ソニー、三洋電機、オムロン…。名だたる企業が電卓の開発、生産を手掛けていました。その中で、電卓ビジネスで生き残った日本企業はシャープとカシオとキヤノンの3社のみ。他の会社はすべて討ち死にしました。では、なぜこの3社は電卓ビジネスで成功し、そこからさらに発展することができたのでしょうか。

 シャープは最初に液晶電卓を出した会社でした。とことん液晶にこだわりながら製品の性能や、投入する技術を向上し続け、ついには液晶テレビにまで行き着きました。

 キヤノンは紙に印字する「プリンター電卓」を得意としていました。そこからプリント技術を磨き、複写機やファクスといった事業に発展・拡大していきました。

 カシオは量産技術が優れていました。電卓で培ったデジタル機器の技術を使って電子楽器、時計などにも商品展開していきました。

 要するに、デジタル機器の先駆けである電卓事業で液晶、プリンター、量産技術を“極めた”企業が単に勝ち残っただけでなく、技術をその後の事業発展に大いに役立てたということになります。電卓戦争は、“極める”ことがいかに大事かということを示す良いお手本になっていると思います。

 では常に極めることを心がけていればいいかというと、そうともいえません。例えば蒸気機関車の技術をどんなに極めたとしても、それを画期的に上回る移動手段として電車や自動車が出てきた時には負けが確定したはずです。極めるのか。それともあきらめるのか。時代の流れを見極めながら、そこを見抜くことが重要ということであると思います。

 これからの時代、皆さんが活躍していく中ではAI(人工頭脳)とどう付き合うかといった新しい問題に遭遇することになるでしょう。極めるのか、あきらめるのか。どういうタイミングでどちらを選択するか。これはとても重要な命題なのです。