佐藤可士和(さとう・かしわ)
クリエーティブディレクター。慶応義塾大学特別招聘教授、多摩美術大学客員教授。 1965年生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。博報堂を経て「SAMURAI」設立。主な仕事に国立新美術館のシンボルマークデザイン、ユニクロ、楽天グループ、セブン-イレブン・ジャパン、今治タオルのブランドクリエーティブディレクション、「カップヌードルミュージアム」「ふじようちえん」のトータルプロデュースなど。毎日デザイン賞、東京ADCグランプリ他多数受賞。『佐藤可士和の超整理術』『佐藤可士和の打ち合わせ』など著書多数。(写真・陶山勉、以下同)

 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)が次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに開設する「Executive MBA」。5月の経営者討論科目では、数々のヒットを生み出してきたクリエーティブディレクターの佐藤可士和氏が「アイコニックブランディング」をテーマに講義を行った。

 佐藤氏は全体論に続いて、具体的なケースでアイコニックブランディングをさらに深く説明した。第1のケースとして紹介したのは今治タオルのリブランディングプロジェクト。安い輸入タオルに押され、かつて600社あったタオルメーカーが100社強にまで減少していた今治。消滅の危機にあったタオル産地を佐藤氏はいかに再生させたか。アイコニックブランディングのプロセスを詳細に振り返った。

(取材・構成:小林佳代)

 ここからは具体的なケースでアイコニックブランディングをさらに深く説明していきます。

 最初に紹介するケースは今治タオルのリブランディングプロジェクトです。このプロジェクトでは大いにアイコニックブランディングを戦略として活用してきました。

 愛媛県今治市は大坂府の泉州地域と並ぶ名高いタオル産地です。30年前ぐらい前まで、国内のタオルマーケットで大きなシェアを持っていました。

 しかし中国やベトナムから安いタオルが大量に輸入されるようになり、価格競争が激化して次第に厳しい状況に追い込まれていきました。最盛期に600社あったタオルメーカーは500社近くが倒産、100社あまりが残るのみとなっていました。このままいけば産地が消滅してしまうという危機的な状況でした。

 実はタオル産地の消滅は世界各国で起きています。米国のノースカロライナ州には有名なタオル産地がありましたが、南米やパキスタンなどからの安い輸入タオルが普及したことで、産地は跡形もなく消滅してしまいました。

 ヨーロッパでもフランス、イタリアなどの高級タオル産地が、ポルトガルやトルコからの安い輸入タオルに押され消滅してしまいました。近年では、その安いタオルの供給基地であったトルコでさえ、インドやバングラデシュなどのタオル生産新興国から輸入攻勢を受け、厳しい状況に陥り始めています。

 産地消滅の危機に瀕し、今治商工会議所が四国タオル工業組合(当時)、今治市と連携し国の事業である「JAPANブランド育成支援事業」の認定を受け、ブランディングプロジェクトに乗り出しました。僕はそのクリエイティブディレクションを引き受けることになりました。

 僕がプロジェクトを引き受けた時、タオルメーカーは116社ほどでした。A社、B社、C社と、各社、細々と独自にプロモーションをしていましたが、体力がなく、プロモーション活動のできない会社もありました。これではインパクトが出ません。

 僕は116社が個別にプロモーションやコミュニケーション活動をするのではなく、「今治タオル」というマスターブランドをまず確立し、その上にA社、B社、C社がのっているという戦略を立てました。モデルとしたのは仏シャンパーニュ。ワイン生産地としてブランドを形成したシャンパーニュのように、今治をタオル生産地としてブランド化していこうと考えました。

メーカーが個別にタオルを売るのではなく、「今治タオル」というマスターブランドがベースにありその上に各社が存在するという戦略を立てた