慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)が次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに開設する「Executive MBA」。4月の授業に登壇したアドバンテッジパートナーズの笹沼泰助共同代表パートナーは「企業価値を作り込む」をテーマに講義を進めた。

 今回は、企業価値向上の第1のケースとして、アドバンテッジパートナーズ自身を取り上げる。従業員の不遜な態度を目にしたのをきっかけとして、一晩で経営理念を策定した笹沼代表パートナー。思いを込めた理念を発表すると、直後から社内の空気は一変、従業員の間で互いを敬い、思いやる意識が芽生え、組織の一体感が高まったという。こうした経験から、笹沼代表パートナーは会社の根幹を成す理念の存在がいかに重要かを強く訴えた。

(取材・構成:小林佳代)

笹沼泰助(ささぬま・たいすけ)氏
アドバンテッジパートナーズ代表パートナー
1953年生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、積水化学工業を経て慶応義塾大学大学院経営管理研究科を修了。米系戦略コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーに在籍した後、ハーバード大学政治行政大学院(ケネディスクール)を修了。米系戦略コンサルティング会社モニターカンパニーに勤務。1992年アドバンテッジパートナーズを創立、共同代表パートナーに就任。現在に至る。(写真:陶山勉、以下同)

創業当初、「経営理念」をつくることなど考えなかった

 ここからは具体的なケースで、企業価値を作り込むプロセスを解説していきます。第1のケースとして取り上げるのはアドバンテッジパートナーズ。我々自身がどのように企業価値を向上したのかをご紹介します。

 カギとなるのは「経営理念」です。

 アドバンテッジパートナーズには「アドバンテッジウェイ(The Advantage Way)」という基本理念があり、それをサポートするサブの理念が4つあります。実はこの理念、私と共同代表パートナーのリチャード・フォルソムが会社を創業した時につくったものではありません。

 私もリチャードもコンサルタントとして活動していた時代には、顧客企業の理念をつくるプロジェクトに数多くかかわってきました。ところが、いざ自分で事業を始めようという時には理念をつくることなど、つゆほども考えませんでした。顧客をどう開拓するか、事業をどう展開するか、資金をどう集めるか…。日々の業務で頭がいっぱいになっていたからです。

取引先営業マンに対する、社員の態度に衝撃

 しかしある時、経営理念をきちんと考えざるを得ない状況に追い込まれました。

 創業から5年ほどたった日の出来事です。外から会社に帰ってきた私は、社内の雑務をお願いしていた派遣会社からの社員の方が、文房具を届けるために出入りしていた会社の営業マンを厳しく叱責している場面を目撃してしまいました。私は非常にショックを受けました。

 なぜその方が営業マンに対しそんな態度を取ったのか。事情はよく分かりません。納期が遅れたのか、注文と違うものを持ってきたのか、値段が高かったのか、もしかしたらそれら全部なのかもしれません。当然、理由はあったのでしょう。会社が損害を受けかねないと文句を言っていたに違いありません。

 しかし私は若い営業マンが謝罪するために平身低頭している姿に衝撃を受けました。その派遣社員の方がとっていた言動は、私やリチャードの考え方とは全く違うと強く感じたのです。

ゼロから事業を立ち上げるのは、本当に大変なこと

 私もリチャードもゼロから会社をつくった立場として、我々のビジネスにかかわってくださる方には、心から感謝したいという思いがありました。それぐらい、ゼロから事業を立ち上げるというのは、大変なことで苦労続きだったからです。

 最初にアドバンテッジパートナーズが手掛けた事業は、ヨーロッパの国々で課す「付加価値税」を法人のために回収するというニッチなサービス業でした。その3年後には、ある特殊な保険だけを販売する保険の代理販売会社をつくり、その後、プライベート・エクイティー・ファンドを始めました。

 会社の設立直後はオフィスを借りることさえも、難航しました。電話やコピー機を借りようと思っても3、4社のリース会社に断られました。当然、銀行の融資などなかなか受けられません。今でこそ何千億円という資金を集めていますが、当初は2000万円の資金を集めるのにも四苦八苦していました。

関係者のすべてに感謝の気持ちでいっぱいだった

 ですからようやく会社をスタートさせ、プライベート・エクイティー・ファンドの事業を始められた時には私もリチャードもありとあらゆる関係者に感謝の気持ちでいっぱいでした。顧客はもちろん、オフィスの大家さん、リース会社、取引先、金融機関…。そういう方たちの協力があったからこそ我々は事業を営むことができるのです。もちろん、文房具を販売する営業マンの方も同じです。

 ところが売り上げも利益も増えた後に派遣社員として入って下さったその方には、そういう感謝の気持ちは薄かったのでしょう。文房具業者は数ある業者のうちの1つに過ぎず、ミスは許せないと感じたに違いありません。全ては創業者としての感謝の気持ちの重要性を社員の皆さんと共有してこなかった私とリチャードに責任があります。