慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)は次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに特化した学位プログラム「Executive MBA(EMBA)」を開設している。「EMBA」プログラムの目玉の1つが、企業経営者らの講演と討論を通して自身のリーダーシップや経営哲学を確立する力を養う「経営者討論科目」。日経ビジネスオンラインではその一部の授業を掲載していく。
新年度はじめの4月の経営者討論科目では国内投資ファンド最大手の一つであるアドバンテッジパートナーズの笹沼泰助 代表パートナーが登壇した。講演のテーマは「企業価値を作り込む」。ファンド発足以来20年間で3500億円の資金を集め約60件に投資、2倍を超える投資倍率を挙げてきたアドバンテッジパートナーズ。どんな理念・アプローチで投資を実行しているのかを解説した。
(取材・構成:小林佳代)

アドバンテッジパートナーズ代表パートナー
1953年生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、積水化学工業を経て慶応義塾大学大学院経営管理研究科を修了。米系戦略コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーに在籍した後、ハーバード大学政治行政大学院(ケネディスクール)を修了。米系戦略コンサルティング会社モニターカンパニーに勤務。1992年アドバンテッジパートナーズを創立、共同代表パートナーに就任。現在に至る。(写真:陶山勉、以下同)
アドバンテッジパートナーズの投資対象とは
今日は「企業価値を作り込む」というテーマで話をします。
私が共同代表パートナーを務めるアドバンテッジパートナーズは「プライベート・エクイティ・ファンド」と呼ばれる投資ファンドを営んでいます。「プライベート・エクイティ・ファンド」という言葉は、あまり耳慣れないものかもしれません。我々は、機関投資家からお預かりした資金で企業を買収し、その企業の中に入って深く経営にかかわり、企業価値の向上を図っていく。そして、次なる成長のためにその企業を上場したり別の株主に保有株式を売却したりすることにより、経済的価値創造を実現する。そういう投資をするのがプライベート・エクイティ・ファンドです。
投資の対象となるのは、創業したばかりのベンチャー企業というわけではなく、すでに一定規模の売上高やキャッシュフローを得ている企業の場合が多いです。もしくは、経営不振で法的整理にいたった企業の再建を担う「再生投資」を担うこともあります。大企業の子会社や事業部、後継者がいないオーナー企業などに投資するケースもあります。
投資のストラクチャー(構造、仕組み)はレバレッジド・バイアウト(買収先の資産などを担保に資金調達する手法)。対象企業が持つ資産や、その企業が稼ぎ出す将来のキャッシュフローを担保にして金融機関から借り入れた資金と、我々ファンドが投資家から調達した資金を合わせて買収します。
最も重要と考えているのは「投資理念」
アドバンテッジパートナーズは私と米国人のリチャード・フォルソム(共同代表パートナー)の2人でつくった会社です。リチャードとは1980年代半ばに勤めたコンサルティング会社、ベイン・アンド・カンパニーで出会いました。日本語ができて大変優秀なリチャードと同じチームになり、一緒に徹夜で仕事をしているうちに「将来一緒に何かやってみよう」という話になって事業を始めました。
アドバンテッジパートナーズが、「最も重要」と考えているのは投資理念です。どういう理念なのか、ここで朗読しますのでお聞きください。
「我々アドバンテッジパートナーズは、投資を実行した企業を当ファンドから離れた後も、競争力ある企業として発展し得る企業へと育成させていただきます。我々は単にファンドの出資者に経済的な価値を提供するにとどまらず、当該企業の他の株主、従業員、家族、取引先、金融機関とすべての関係者がファンドの投資を通して、あまねく経済的な価値を享受できるよう、投資実行のプロセス、あるいは投資後の経営プロセスをサポートします」
この投資理念は私がつくったものです。当然、従業員と共有していますし、投資先企業の経営者とも共有しています。投資の候補となる企業を初めて訪ねた時、私は必ずその経営者の前でこの理念を朗読することにしています。
投資ファンドに「ハゲタカ」のイメージを持つ人もいたけれど
初めて会った方の前で、こうした理念を読み上げるのは正直、気恥ずかしい思いもあります。けれども、アドバンテッジパートナーズがどういう思いで投資に臨むかを宣言することは非常に重要です。
投資先企業の経営者に聞いていただくのと同時にその場にいるアドバンテッジパートナーズの従業員、仲介してくださったM&Aアドバイザーらの仲間にも聞いてもらい、「我々は今回もこの理念から一歩も離れずにやっていくぞ」と再確認する機会になるからです。
投資ファンドは初期には、社会から「利益をかすめ取っていく存在」とみられがちでした。「強欲」「ハゲタカ」といったネガティブなイメージを持つ人も少なくありませんでした。
残念なことに、実際、「自分たちさえ儲かればいい」という姿勢の投資ファンドが存在したことも事実です。しかし我々はそうではない。
掲げた理念のまま、すべての関係者に我々の投資活動による恩恵があるようにという思いで会社を経営しています。投資理念を朗読することによって、私はそういう会社の大原則を改めて関係者と共有しているつもりです。
企業の経営者たるもの、まずは事業を行うに当たり確固とした理念を持つべきです。これが今日、皆さんにお伝えしたい第1のメッセージです。
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