「企業文化」再構築の機運はあったが…

【企業文化の継承・発展と経営について】

(受講者)バブル崩壊後の経営危機の際、対他競争力、コストなどに焦点を当ててしまったことが、ホンダの企業文化変質の遠因になったというお話がありました。
 ただ、経営危機に直面した企業の緊急対応として、こういう競争力やコストに焦点を当てるやり方というのは決して間違っていない、むしろ逆に当たり前のこととすら言えるのではないかと私は思います。
 問題は業績が回復し、体力が戻った後。もう一度、ホンダならではの良さを再確認しながら新たな企業文化を再構築していくことが必要だったのだと思いますが、そういうムーブメントはあったのでしょうか。

岩田:確かにホンダは緊急対応の結果、体力を回復しました。1996年ぐらいから「オデッセイ」「CRV」などのヒット商品が出て、徐々に投資を増やし、新しいタイプの車の開発、拠点の増設などに手をつけ、業務を拡大していきました。

 そして創立50周年を契機にホンダの新しいビジョン(現在のホンダフィロソフィーのベース)の発信も行われました。しかし、素晴らしいビジョンを発信しても実際の事業運営や、意思決定の場でリーダーの皆さんの行動が変わらなければ錆び付いた現場の歯車は動き出せません。“不幸にも”1990年代後半から始まったBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)をはじめとする世界的な経済発展により、ホンダも大きく経営環境が改善しました。このことにより、企業文化の形骸化を招いた課題を内包したまま、緊急対応で始めたことが成功体験化し継続してしまった。ここに問題があったと考えています。

 そういう意味ではおっしゃるような、企業文化再構築のムーブメントを起こす機運はありましたが、現場の行動を変えるまでには到っていないということです。経営陣の一員でもあった私の発言としては相応しくないかもしれませんが、10年以上続いた効果効率優先主義で染み込んだホンダ全体の「問題解決型体質」を変えることは、大変難しいことといわざるを得ません。

(受講者)私は米国での勤務経験がありますが、一般的に、米国では転職のチャンスが極めて多く、2、3年もたずに離職していくケースが後を絶ちません。ホンダでもおそらくそうではないかと思います。
 一度離職した人が、転職先で新たな知識や経験を身につけて戻り、ホンダフィロソフィーの継承に力を貸すということもあるのでしょうか。

岩田:一度、離れて外に出てみたからこそわかるホンダの良さというのはあるようですね。米国企業の中には上司からの指示に「イエス、サー」と答えるしかない会社もありますから。ホンダの比較的自由に自分の意見が言えて、アイデアを提案できる環境の良さに改めて気づくようです。

 日本国内では依然として再雇用をする制度はないと思います。アメリカでも以前は、一度退職した人は再雇用しないというルールを適用していました。安易な転職を防止するという狙いからです。

 けれども、私がHAMにいた最後の年に、条件付きですがそのルールを変えました。このため少しずつ、再雇用のケースが出てきていると思います。他社を経験して根底にあるホンダの良さを理解している人たちがホンダフィロソフィーの継承・発展の上で大いに力になってくれるものと期待しています。

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