「ワイガヤ」廃止など、方針の大転換

「生産現場の大混乱と、バブル経済の崩壊による事業低迷の中で、誰もが夢を語れるような状況ではなくなってしまいました」
「生産現場の大混乱と、バブル経済の崩壊による事業低迷の中で、誰もが夢を語れるような状況ではなくなってしまいました」

 バブル期以降に直面した経営危機を乗り越えるため、1990年に第4代ホンダ社長に就任した川本信彦氏は大胆な方針転換を指示しました。

 1つは「ワイガヤ」の廃止。ワイガヤとは「役職や年齢、性別を越えて気軽に『ワイワイガヤガヤ』と話し合う」というというもので、ホンダのオープンな組織文化を代表するコミュニケーションの方法として知られています。けれども、川本氏は危機の時代にワイガヤをやるのは時間の浪費だと考えて、トップダウンで社長が指示し実行させるやり方に変えました。

 独創性や夢を追い求める方針も変わりました。それまでのホンダには「人と違うことをやってやろう」「夢を実現しよう」という意気込みが満ちていましたが、生産現場の大混乱とバブル経済の崩壊による事業低迷の中では、誰もが夢をかたれるような状況にはありませんでした。そして「あるべき姿」よりも、効果や効率が最優先となり、「対他競争力はあるか」「コストで勝てるのか」といった基準で評価するようになっていきました。「違い」よりも「差」を追求する企業体質への変質が始まりました。

制度疲労や方針転換など、様々な要因が重なった

 意思決定の仕組みも変化しました。それまでのホンダは、前に説明した通り、主要な業務のほとんどをプロジェクトチームが担っていました。ところが、危機の時代には、こうしたプロジェクトへの権限委譲が行き過ぎだったと判断され、組織の保証が必要だということになりました。

 実際、それまでプロジェクトチームには各領域の実務責任者の名前が入っていましたが、一時期はすべてのプロジェクトに組織の長である課長や部長の名前が入るようになりました。「自分の名前が登録される」ことを励みに頑張っていた人たちからすれば、自分が担当するプロジェクトに課長や部長の名前しか表記されないようになり、業務への的確な指示もされない状況に多くの人が「やってられない」と不満を口にするようになりました。

 さすがにすべてのプロジェクトに組織の長の名前を登録することは変更になりましたが、組織保証の考え方はますます強化され、決済評価会へ臨むまえの関係機能組織長の事前承認がルール化され、かつての経営のスピード感が失われていくとともに、「個の尊重」を基本とした運営方針で、権限委譲により実力以上の力を発揮してきた環境が目に見えて変わっていきました。

 企業の成長期に起きた制度疲労、危機への対応のための方針転換など様々な要因が重なりましたが、ほぼ10年に渡るこうした環境の変化が、ホンダの企業文化や、人材育成に大きな負の影響を残したと私は考えています。

 プロジェクトや個人の働き方という対症療法に関心が向けられ、本質的な経営手法の「変化点」や課題を放置したことから、ホンダの企業文化は徐々に変質していったのです。