しかし、徐々に人間尊重、平等、チャレンジといったホンダフィロソフィーにも変質が生じていました。HAMにおいても、2009年当時、その企業文化は形骸化の危機にありました。

「やるべきことをきちんとやる、日本人工場長の行動が、アソシエートたちのプライドを刺激し、ものづくりの基本精神を呼び覚ましました」
「やるべきことをきちんとやる、日本人工場長の行動が、アソシエートたちのプライドを刺激し、ものづくりの基本精神を呼び覚ましました」

 ホンダフィロソフィーの形骸化はHAMで「エグゼンプト」「ノンエグゼンプト」の格差拡大という形で表れていました。

 エグゼンプトとは年俸制で働き、仕事の成果次第で評価が変わるような従業員のこと。高い学歴を持つ人が中心です。一方、ノンエグゼンプトは時間給で働き評価による賃金差がない従業員のことです。実はHAMでは採用の段階からこの2階層が明確に分かれています。HAMを設立した当時は、両者に分け隔てなくホンダフィロソフィーの理解と定着化を進めていましたが、30年以上が経過した職場の実態はホンダフィロソフィーが同じように認識され、共有されていると言える状態ではありませんでした。

希望に満ちていたはずの組織が変質した

 ホンダが基本理念に掲げていた人間尊重とは、経営階層、労働階層といった分け隔てなく同じ仲間意識を持つことがベースにあります。対等意識、平等意識が希薄になれば、ホンダで働くことのプライドも薄れてしまいます。

 現場のアソシエートからはリーダー層に対して、コミュニケーション不足や現場への参画意識の薄さなどへの不満、不信が募っていました。学歴に関係なく昇進の機会を得られていたはずの人事にも停滞が目につきました。

 かつては提案制度なども盛んで、アソシエイツは自分たちのアイデアを生かす機会に恵まれていました。しかし、それも事業環境の悪化に伴い組織の利害が優先されがちになっていました。

 また事業運営を担う中核的なアソシエイツや経営層のなかでも、かつてのスピード感のある事業運営姿勢が薄れ、企画をする際に、組織の意向を組んだ提案を強いられたり、組織のリーダーに根回したりするのに多大な時間がかかるといったことへの根強い不満が起きていたのです。

 こういう環境下で、問題解決に当たるべき日本人駐在員は影が薄く、ごく狭い範囲の技術指導や情報伝達という役割を果たすにとどまっていました。

 全員に何らかのチャンスが与えられ希望に満ちていたはずの組織は、大きく変容してしまっていたのです。

 こうしたホンダフィロソフィーの形骸化、企業文化の風化はリーマンショックだけが原因ではありません。個人的な意見ですが、私はその根底には、1980年代後半から徐々に進行した日本のホンダの企業文化変質という根深い問題があったのだと考えています。 

 果たして日本のホンダではどういう変化が起きていたのか。次はバブル期にさかのぼり、その変容ぶりを見ていきましょう。