ある日、工場を回っていると、ひとりのアソシエートからこう問い掛けられました。

 「ヒデ、今のホンダにホンダフィロソフィーは残っていると思うか?」

 正直なところ、この問いかけにはドキッとして、しばらく言葉が出てきませんでした。リーダーとしてやらねばならないことが山のようにあるのは間違いありません。けれど、いったい何から手をつければ良いのか。正直なところ、途方に暮れるばかりでした。

 そんな時、ヒントをくれた人がいました。その人とは、私より少し前にブラジルから異動してきたベテランの工場長です。彼は毎朝、工場を巡回する際に当たり前のこととして工場内に落ちているゴミを拾っていました。ボルトが落ちていたらボルトを拾い、あるべき元の箱へ戻す。こういうことを1カ月ぐらいやり続けていたのです。

 ある時、いつものように工場長がボルトを拾っているのを見て、1人のアソシエートが「そのボルトを俺にくれ」と言ってきました。工場長が「なぜ?」と聞くと、彼は「工場をきれいに整えるのは俺たちの仕事だから」と答えたそうです。

 おそらく「やるべきことをきちんとやる」ことに徹していた日本人工場長の行動が、アソシエートたちのプライドを刺激し、ものづくりの基本精神を呼び覚ましたのでしょう。

 この話を聞いた時、私は「この工場には高い志、プライドを持ったアソシエートがいる」と改めて気づきました。そして、「アソシエートたちが明確な方針や目的を理解しさえすれば、彼らはすばらしい能力を発揮するに違いない」と確信したのです。

 問題が山積する中、いったい何から手をつければ良いかと途方に暮れていた私は、「ホンダフィロソフィーの原点に立ち返り、アソシエートとともに働く喜びを分かち合える、より良い環境をつくることに注力しよう」と思い至りました。

立ち返るべき原点、「ホンダフィロソフィー」とは

 では、立ち返るべき原点、ホンダフィロソフィーとは何でしょうか。ここで簡単にご紹介しておきましょう。

 ホンダフィロソフィーは、「人間尊重」と「3つの喜び(買う喜び、売る喜び、創る喜び)」から成る「基本理念」と、「常に夢と若さを保つこと」「理論とアイデアと時間を尊重すること」といった要素から成る「運営方針」で構成されています。ここから生まれる自由闊達さ、チャレンジ精神、誠意、誠実さこそがホンダの企業文化と呼ぶべきものです。

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