(写真・陶山勉)

経営者と学者は水と油

さて、いかがでしょう。ハーバード・ビジネススクールのリチャード・ルメルト教授はとても有名な経営学者です。多角化についての経営戦略論を講じた人で、私たちが学生の時には、彼の著書は必読書でした。

 ご紹介したケースはルメルト教授が過去の自らの判断ミスを告白したもの。「ホンダは自動車市場に参入すべきでない」と思っていたのに、何年か後には、彼の妻がホンダ車を乗り回していたというのです。ルメルト教授の学者としての判断は誤っていた。果敢に自動車市場に挑戦したホンダの経営者が正しかったわけです。

 経営者と学者というのはどうも合わないところがありますね。水と油という感じ。どちらも相手のことをちょっと嫌ってバカにしています。経営者は学者のことを「何もわかっていない」と言うし、学者は経営者のことを「論理的でない。思いつきで経営している」と言う。両者にはどうも越え難い壁があります。

 では、このホンダのケースではどうしてルメルト教授は判断を誤ったのでしょう。果敢に挑戦する経営者とは何が違うのでしょうか。どう思いますか。意見を聞かせてください。

受講者A:学者は過去を分析することを重視します。一方で経営者は未来、ビジョン、情熱…そういったものを重視する。そこが違うのではないかと思います。

学者は過去、経営者は未来。なるほど。いいことを言いますね。他には?

受講者B:起業家は定量的に計測できないような不確実性を「チャンス」と考えます。けれど、学者はそういう不確実なものはリスクと考えて、避けようとする傾向にあると思います。経営者は「好きだから絶対にやる」とか、「勝つまでやめない」という姿勢を取ることがありますが、学者は決してやらない。やれないでしょう。

ルメルト教授が「ホンダは自動車市場に参入すべきでない」と判断した4つの理由についてはどうですか。市場が飽和状態だったのも、強力なライバルが存在したのも確かにそう。ホンダに自動車に関する経験が皆無だったこと、自動車のチャネルを持っていなかったこともその通りです。ここから考えるのなら、「参入すべきでない」と結論づけたルメルト教授の判断は間違っていない気がします。では、何がいけなかったのでしょう。ルメルト教授は何か見落としていますか。

受講者C:4つの分析はどれもその時の断面しかとらえていないものだと思います。実務家はその後の動き、変化を含めて判断しようということではないでしょうか。

受講者D:自分自身の実務を振り返って考えても、経営においては「今、市場がないところに新たなモノをつくる」ことこそが重要です。ルメルト教授の分析でいうと、「市場は飽和状態」と断定してしまったのは過ちで、ないように見えても、新たなモノで市場をつくることはできたということだと思います。

受講者E:ホンダの経営者は最初からオートバイの製造で終わる気はなくて、自動車がやりたかった。そういう強い意志があったから、4つの「参入すべきでない」理由があっても関係なかったという気がします。

そうですね。ホンダの経営者には強い意志があった。成功の確率が低いとしても関係ないという感じですよね。