経営にはある種の感性も重要

受講者:ヤマハ発のホームページを見ると、起業家的な言葉がいっぱい並んでいます。起業家気質を重視している会社なのだと思います。起業家って拡大志向が強く、子供のように無邪気な心を持っている人が多い。一種のゲーム感覚で地図の中に自分たちの色を付けられていないと、「ここの色も塗りたいよね」という意識がある。「ここも色を塗りたい」という思いで進出し、大成功とは言わないまでも、6割方成功したら、とりあえずやり続けていく。そんな感じだったのではないでしょうか。

 確かにヤマハ発は起業家気質があるのか、次々と新しい分野に進出していくタイプの会社ですね。ゴルフカートとか、電子部品とか、昔は家具も手掛けていました

受講者:そもそも、楽器メーカーがオートバイをつくるようになったり船外機をつくるようになったこと自体、ちょっと普通ではあり得ない経営判断だと思います。ヤマハ発にはそういうチャレンジスピリットがあるのだと思います。

 オートバイに関して言えば、ヤマハ発は当時、100社ぐらい競合メーカーがいる中にあえて参入していきましたからね。これ以上ないほどのレッドオーシャンです。当然、反対意見も強かった。それでも押し切ってオートバイ市場に進出した。なぜでしょうね。

受講者:当時の経営者の頭の中には、世界に比べれば日本のオートバイメーカーのレベルはまだ低く、品質が高い製品を提供すればチャンスはあるという思いがあったのではないでしょうか。

 なるほど。経営者は日本の競争状態ではなく、世界の技術の分布を見ていたと。欧州の技術水準を自分たちが再現できれば、日本の競合メーカーには勝てると確信を持って入って行ったということですね。それは実は合理的な判断ではありますね。ローカルな競争にばかり目が向きがちですが、巨視的に見れば、まだ付け入るスキはあった。どこを視野に入れるかで、ずいぶん判断は変わります。

 色々意見が出てきました。こうして見てみると、企業の意思決定、行動は、完全に経済合理性に基づいているわけではないということが分かります。

 ここはビジネス・スクールですから、正味現在価値(Net Present Value=NPV)を計算し、一番大きくなるような選択肢を選ぶというファイナンシャルなテクニックも学んでいます。もちろん、こういう経済合理性に基づく経営手法を学ぶことは非常に重要です。

 しかし、企業が新規ビジネスに参入するとか、大胆な投資を行うとか、新たな国に進出するといった重要な経営判断を経済合理性のみに基づいて行っているかというと、実際にはそういう例の方が少ないかもしれません。

 例えば、ホンダはかつて二輪車の海外進出で米国市場を選びました。もし、当時、NPVを計算すれば、間違いなく米国ではなく、アジアの方が大きくなっていたはずです。また、自動車の海外生産で、米国の次の拠点をカナダに置くか、メキシコに置くかという判断に迫られた時には、「需要のあるところで生産する」「顧客のいるところで事業活動を営む」という理念を貫き、カナダを選びました。おそらく、この時もNPVを計算すればメキシコの方が高かったでしょう。しかし、将来的にいつか米国の自動車市場で勝負したいという強い意思が拠り所となった。

 経営にはファイナンシャルなテクニックだけでなく、ある種の感性のようなものも必要です。多くの日本企業が成長の過程でその両方を活用しています。皆さんにも経済合理性に基づく経営手法と感性の両方をぜひ身に付けてほしいと思います。