「ホンダがいないところに出て行く」意図があった

受講者:長い目で見ての先行投資だったのではないでしょうか。船外機で入り込み、現地にヤマハブランドを確立し、将来、二輪車ビジネスにつなげようと。

 船外機から二輪車という潜在的な市場拡張の可能性に賭けたということですね。船外機ビジネスでは大きく稼がなくても、それによって新興国市場が理解できるし、現地にチャンネルができ、ブランドが浸透する。その後で二輪車で稼ぐという2段階でいくと。ある種、リアルオプション的な判断ですね。

 ほかにはどうでしょうか。手こぎ船しかないようなところになぜ参入したのか。そしてなぜ活動を継続したのでしょうか?

受講者:先進国に比べ、潜在的な市場の成長性が高いことは確かですから、そうなると「いつ進出するか」という問題になります。「競合メーカーがいない時にこそ進出すべき」と考えたのではないでしょうか。早いうちに出て行って顧客を囲い込んで競合メーカーが進出してきた時の参入障壁をつくっておこうと。

岡田:なるほど。その場合、競合メーカーというのはどこをイメージしていたでしょうね。

受講者:欧米のグローバル企業。

岡田:なるほど。しかし実際に品質や性能レベルでマークしていたのは日本企業。ホンダです。当時は、彼らはホンダが出ていないところに出て行こうとしていたそうです。

 ホンダは海外進出でヤマハ発よりも早く成功しています。二輪の黎明期にはホンダが100%近いシェアを獲得していた国もあるほどです。後からヤマハ発やスズキが出て行ってもなかなか追いつけません。製品特性にはさほど大きな差はなく、価格競争ではホンダの方が規模の経済が効いて原価も低減できるからです。

 こういう経験から、ヤマハ発はホンダが行っていない地域、対象としていない顧客層を重点的に開拓していこうとしたと考えられます。

 ヤマハ発が1991年に設置した海外市場開拓事業部は、最初からそれを使命としていました。通常、海外事業を手掛ける時には北米、欧州、中近東、アジアという具合に地理的に分割して担当を決めることが多いと思います。例えば、アフリカの場合は、「欧州・中近東・アフリカ部」のように大きな市場と一緒にされることが多い。しかし、そうするとどうしても儲かる地域に傾斜投資することになり、アフリカなどは経営資源の投入が少なくなりがちです。

 そこで、ヤマハ発は世界の新興国市場全体をターゲットとする海外市場開拓事業部という組織をつくり、積極的に攻めていく体制を整えたのです。ある意味、退路を断って取り組む意思の表れです。

 話を戻せば、ヤマハ発がサブサハラアフリカに参入した要因の1つには、「競合がまだ行っていないところにいち早く行って現地に浸透する」という思いがありました。これは経営理念やミッションに基づく進出とはまた違います。主観的な思い入れによるもの。戦略的意図です。

 戦略的意図とは自社が目指す将来の姿を「意図・野心・執念」として持続的に抱き、その姿にアプローチするために資源や能力を獲得しながら前進しようとすることを指します。主観的な思いであり、具体的戦略の前提であり、戦略のミッションや理念よりも相対的に短期のものです。時間軸の長さで言えば、理念やミッション>戦略的意図>戦略、という順番です。

 ヤマハ発の場合、この戦略的意図がサブサハラアフリカでは断ちきることなく持続的に抱かれ続け、それが実現して高シェアにつながりました。

 ただ、「競合がまだ行っていないところを狙って行く」という戦略実行の途中段階では、行き詰まることもあったはずです。手間や時間ばかりかかり、実りはなかなか得られないというような状況です。そういう局面に陥っても、ヤマハ発は新興国ビジネスを止めることなく、今まで継続しています。

 なぜ、継続したのか。潜在的な成長性が大きい、リアルオプション的に張り続けなくてはならない、こういう理由以外に、何があるでしょうか。