慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)が次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに開設する「Executive MBA」。1月の経営者討論科目では静岡銀行の中西勝則会長が「事業承継支援について~業績悪化先に対する静岡銀行の取り組み」をテーマに講義を行った。

 講義の後半では中西会長と受講者との間で質疑応答が繰り広げられた。中西会長は「FinTech(ファイナンス・テクノロジー)」が金融界にもたらす変化や未来の銀行像などについて見解を示したほか、パラダイムシフトが加速する中で「どんな産業も、現在の延長線上に未来はない」ことを強調した。

(取材・構成:小林佳代)

<span class="fontBold">中西勝則(なかにし・かつのり)氏<br />静岡銀行会長</span><br />1976年3月慶応義塾大学商学部卒業後、同年4月静岡銀行に入行。富士宮北支店長、三島支店長などを経て1998年12月人事部副部長兼人事課長、1999年4月理事人事部長に就任。2001年6月取締役執行役員経営企画部長、2003年6月取締役常務執行役員、2005年4月取締役常務執行役員企画・管理担当経営統括副本部長を歴任。同年6月取締役頭取に就任する。2017年6月より現職。2011年6月から12年6月、2016年6月から2017年6月と、2度にわたり全国地方銀行協会会長を務める。(写真:陶山 勉)
中西勝則(なかにし・かつのり)氏
静岡銀行会長

1976年3月慶応義塾大学商学部卒業後、同年4月静岡銀行に入行。富士宮北支店長、三島支店長などを経て1998年12月人事部副部長兼人事課長、1999年4月理事人事部長に就任。2001年6月取締役執行役員経営企画部長、2003年6月取締役常務執行役員、2005年4月取締役常務執行役員企画・管理担当経営統括副本部長を歴任。同年6月取締役頭取に就任する。2017年6月より現職。2011年6月から12年6月、2016年6月から2017年6月と、2度にわたり全国地方銀行協会会長を務める。(写真:陶山 勉)

いずれ現金はなくなるのではないか

受講者:金融とIT(情報技術)を統合した「FinTech」が注目されています。融資、決済、資産運用など様々な分野がありますが、銀行、あるいは地方という立場からご覧になって、技術の進化によって一番変わるだろうと感じるのはどういう分野か、お教えいただければと思います。

中西:いずれ現金はなくなるのではないかと思っています。またAI(人工頭脳)を使った効率的な投資信託の販売や保険の販売などが、ごく普通のことになっていくでしょう。

 静岡銀行が今、いち早くやろうとしていることは、定型作業を自動化する「ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)」にAIを付加し、IoT(モノのインターネット)を実現すること。すでに数千万円単位で経費の削減ができつつあります。数十億円規模に拡大させたいと考えています。

 そのための新システムの構築にも取り組んでいます。具体的には、他の金融機関ともアプリケーションを共通化し、情報が共有できるオープン系のシステムをつくります。これを最終的には、我々の技術をオープンにすることでつながりを良くして全体の生産性を上げることを目指しており、すでに数行が当行に来て一緒に学んでいるところです。

受講者:「FinTech」で経費削減を進めていくというお話に関連してですが、今後、従来のリアル世界の店舗や従業員は必要なくなっていくのでしょうか。今、メガバンクでは大幅な人員削減の動きが出てきていますが、静岡銀行ではどう考えているのかを聞かせてください。

中西:静岡銀行にはインターネット支店というのもあり、現在の預金は1店舗で約5000億円です。リアル店舗で5000億円の預金を持つ店舗はありません。しかもインターネット支店ではそれを数人の従業員で動かしていますから非常に効率がいい。

 FinTechの技術が進化し、ウェブ対応が拡大していけば、店舗は必要でなくなる可能性はあります。実際、ソニー銀行や楽天銀行は店舗を持っていません。それでも十分やっていけるということを証明しています。

 ただ、一方ではリアル店舗が欲しいということを、彼らは言い始めています。それはなぜなのか。その背景と目的を我々は突き詰めていかなくてはと考えています。

 現在、静岡銀行では保険ショップ最大手の「ほけんの窓口」と提携し、共同店舗「ほけんの窓口@しずぎん」を出店しています。この店舗の一番の特徴は究極のフェース・トゥ・フェース。今どき1つの保険商品の話をするのに1人当たり30分、しかも3回も会っています。

 つまり、我々は究極と究極を追求しつつ、落としどころを探っているところと言えます。ただし、究極のフェース・トゥ・フェースである「ほけんの窓口@しずぎん」が儲かるのかというと、決してそんなことはありません。しかし、そこから得られる情報には非常に有用なものがありますから、取引の可能性を広げるという点で、得られる効果は大きいと思います。

 5000億円の預金があるインターネット支店もまだコストセンターで、プロフィットセンターにはなっていません。これをプロフィットセンターにしていく過程では、フェース・トゥ・フェースで培った知見が生きることもあるのではないかと思います。FinTechのもたらす最終形は、我々もまだ分からない。これからしっかり着地点を見極めて行きたいと思っています。

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