「累損は幾らあっても同じ」と、前だけを見据えた

受講者:では、そういう心構えで起業した後、実際に累損9億円を抱えた時には、どんな気持ちだったのでしょうか。普通、9億円もの累損を抱えたら「このまま路頭に迷うかもしれない」「一家離散か」などと、悲惨な状況を思い浮かべてしまいそうです。岩崎社長は当時、どんな思いで日々を過ごしていらっしゃったのかを聞かせてください。

岩崎:目指すものが明確に決まっていたし、それをできる人が他にいるのかと考えたらどこにもいないのですから「絶対に自分でやる」という想いでした。そういうわけで累損9億円といってもただ額が増えていっただけで、自分の生活不安には直結しませんでした。

 仮に一瞬、そんな思いがよぎったとしても、どうせ払えないのですから1億円も9億円も同じですしね。「自分が思う道を進むだけ」と、とにかく前だけを見てやってきました。会社勤めをしていると起業に対して不安を感じることは多いかもしれませんが、わりとできるものですよ。大丈夫です。

計画より遅れてはいるけれど、常に前進していた

受講者:5年間毎月赤字で累損9億円というのは、当初の計画で想定していましたか。岩崎社長は起業の意義や計画を突き詰めて考え、そのロジックが破綻していないことが大事と説明していましたが、赤字の間には途中で一度ロジックを組み立て直し、投資家の理解を得ていったのでしょうか。

岩崎:起業当初には5年後に上場という計画を立てていました。しかし、実際に東証マザーズに上場したのは創業の11年後ですから2倍以上の時間がかかっています。「何年後に売り上げこのぐらい」「ユーザーこのぐらい」という計画はありましたが、進捗は遅れていました。ただ遅れてはいるけれど、常に前には進んでいました。スピードは守れていないけれど、目指すべき方向に向かっているのは明らかでした。

 計画では100ユーザーになっているはずだったけど実際は50ユーザーしかいない。でもそれは10ユーザーだったところから、40ユーザー積み増しての数だと。投資家にはそういうプロセスをきちんと話すということを意識的にしていました。計画が達成できないと、投資家に対しての説明も行きたくなくなるものです。でも、あえて「行きたくない」という気持ちが出たら、すぐに説明に行くようにしていました。

 “会議原価”を会議の参加メンバーに事前に発表するという、メディカル・データ・ビジョンの会議のやり方を紹介しましたが、それもお金が稼げない時代に「投資家の人たちのお金で会議を開かせてもらっているのだから、無駄なことはやめよう」とみんなで話し合って決めたものです。そういうプロセスも投資家の人たちには話しました。恩着せがましく(笑)。とにかく信頼してもらおうと。