「創業20年後の生存率0.3%」を乗り越えるには
第54回 岩崎博之 メディカル・データ・ビジョン 社長(3)
慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)は次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに特化した学位プログラム「Executive MBA(EMBA)」を開設している。「EMBA」プログラムの目玉の1つが、企業経営者らの講演と討論を通して、自身のリーダーシップや経営哲学を確立する力を養う「経営者討論科目」。日経ビジネスオンラインではその一部の授業を掲載していく。
医療情報のネットワーク化を進めるメディカル・データ・ビジョンの岩崎博之社長が1月に授業を行った。ベンチャー企業の20年後の生存率0.3%という衝撃的なデータを示した上で、成功するベンチャーを目指す際の心がけを説いた。
(取材・構成:小林 佳代)
岩崎博之(いわさき・ひろゆき)氏
メディカル・データ・ビジョン代表取締役社長
1960年生まれ。1986年新日本工販(現フォーバル)入社。1988年アレック代表取締役就任。1994年アイズ常務、1997年クーコム常務、2001年システムアンドコンサルタント取締役などを経て、2003年メディカル・データ・ビジョンを設立し代表取締役に。2014年同社代表取締役社長に就任、現在に至る。(写真:陶山勉、以下同)
ベンチャー企業の成功と失敗を分けるもの
ベンチャー企業の生存率を示すデータがあります。創業から5年後は15.0%、10年後は6.3%。20年後はなんと0.3%です。非常に厳しい。
では成功するベンチャーと失敗するベンチャーの差はどこにあるのでしょうか?
ベンチャー企業の社長に「なぜ起業したのか」と聞くと、ほとんどの場合、残念ながらカネ儲けが目的です。「これをやれば儲かる」と考えて脱サラして気の合う人と会社経営を始める。こういう話が多いですね。
けれど、実際のところベンチャー企業というのはそう甘くは儲かりません。たとえどんなに素晴らしいものをつくったとしてもブランドの確立されていない商品を消費者は、特に日本人は、なかなか買いません。何か特別な流れに乗って急激に売れるということはあるかもしれませんが、基本的には簡単に儲かるものだと考えない方がいい。
成功している起業家の共通点
とはいえ、一方で起業後、会社をどんどん成長させ、世界に羽ばたいているという社長もたまにいます。そういう方たちと話していると共通点が2つあることに気づきます。
1つはカネ儲けではなく業界、社会、ユーザーに影響をもたらしたいという目的があること。
もう1つは社会性のあるビジネスを展開しているということです。
カネ儲けを目的にしてスタートすると、ベンチャー企業は儲かりませんからすぐにそのビジネスを止め、スタートラインに戻って違うことを始めてしまいます。いわば、創業を繰り返すことになります。
一方、社会に影響をもたらしたいという目的で始めた起業家は自分が進むべき道がはっきりしていますから経営を継続し、コツコツと1歩ずつ前進して目標に近づいていきます。童話に出てくるウサギとカメのようなもの。投資家からみてどちらが信用・信頼できるかといったら圧倒的に後者です。
ベンチャー企業の経営者として自分は何をしたいのか
メディカル・データ・ビジョンは起業後5年数カ月、赤字続きだったと説明しました。逆にいえば、その間もお金を集めることができたからこそ5年間、経営を続けることができたということになります。毎月赤字の会社でありながらも、私は12億円ぐらいのお金を集めることに成功しています。
ベンチャー企業の経営者として自分は何をしたいのか。社会にどういう影響を与えたいのか。成功するベンチャーを目指すなら、起業前にこれらの点を突き詰めておくことがとても重要です。
さらに医療の質を高めていくために
今後、メディカル・データ・ビジョンはリアルタームのデータ収集と、患者のより一層の医療リテラシーを高めることによって、さらに医療の質を高めていきたいと考えています。
現在、患者が医療に対して抱える不満のトップ3は、「待ち時間が長い」「医師の説明がわかりにくくて、不十分」「治療費に不安がある」というものです。
これらの不満を解消するために2016年10月、病院向けソリューション「CADA-BOX」の提供を始めました。これは病院の電子カルテシステムに接続するもので、患者が自分の診療情報を見ることができるインターネットサイト「カルテコ」と、医療費決済機能を付帯したサービスです。
患者は、カルテコ閲覧IDを備えた「CADAカード」を使うことで、WEBで診療情報の一部を閲覧できるだけでなく、院内に設置したキオスク端末でそれらの情報を印刷することもできます。傷病の状況を自分でじっくり確認できるほか、他の医療機関を受診する時にも利用できます。
未回収金を減らすソリューションとは
私たちは、患者さんが望む支払い条件を自由に設定するために、100%子会社のクレジットカード会社を設立しました。CADAカードで支払えば、患者は診察後に会計処理を待たずに済みます。
一方、病院側も、患者がCADAカードを使えば未回収金を減らせるというメリットがあります。中規模以上の病院の多くは未回収金を抱えています。一般的には毎年2000万~3000万円ほど。多いと1億円を超えるところもあります。未回収金を減らし、会計処理にかかわる人件費も大幅に減らせるということで病院にとってもメリットが大きいシステムです。
これまでにこの仕組みをテストしたところ、新規の受診患者が2割以上増えた病院もあります。費用対効果が非常に高いソリューションということで、今も導入を待っている病院が何十とあるのです。「CADA-BOX」は、2019年までに厚生労働省が「二次医療圏」として定める全国344エリアの急性期病院に広げていこうと考えています。
3年前から「社内アントレプレナー制度」をスタート
2017年以降はメディカル・データ・ビジョンにとって「投資回収フェーズ」です。患者からの同意を得て集めたリアルタイムデータを活用し、次から次へと新しいビジネスを生み出していこうと考えています。
それに先駆けて3年前には社内アントレプレナー制度をスタート。社員が医療データを基にどういうビジネスを仕掛けるかを立案し、自ら責任者としてそのビジネスを実行するという取り組みを続けてきました。
重要なカルチャーとして「失敗OK」を浸透させています。「過去は一切関係ない」というスタンス。見ているのは未来だけです。
「失敗OK」のカルチャーを徹底
最後に、これまでに取り上げていない我々の会社の文化を3つご紹介します。
ユニークな取り組みの1つが会議。メディカル・データ・ビジョンでは会議を開く際、議長が出席者の人数、役職、予定時間から計算した“会議原価”を発表します。同時に「本会議で○○と□□について決定します」と、会議の獲得目標も宣言します。「○○について話し合います」ではダメ。必ず決定することを目標とします。終了予定時刻になったらどんなに中途半端なタイミングでも会議は止めなくてはいけないのがルール。無駄なく、確実に会議で成果を出すためにこういう工夫をしています。
2つ目は、仕事は全部1週間単位で考えることです。会社の売上高が大きくなり、組織が大きくなり、「どうやって運営していったらいいのだろう」と悩んだ時に決めたものです。1週間単位で報告が上がってくれば、事業環境の変化を把握しやすくなりますし、課題や問題があった時にも対処しやすくなります。
最後に重要なカルチャーとして「失敗OK」を浸透させています。人事評価は完全な加点方式。失敗しても減点することはありません。減点方式だと「何もしない人」が偉くなってしまい、大きな成長は望めないからです。実際、今の副社長は入社したばかりの時期に、億円単位でプロジェクトを失敗しました。それでも今は副社長です。「過去は一切関係ない」というスタンスで、見ているのは未来だけです。
目標や報告はすべて数字化する
目標や報告はすべて数字化します。「だいたいこう進みました」というのはダメ。「100%中の何%が終了しました」というように数字にします。「今週は営業で何社訪問し、何社から回答をもらいます」という具合。すべて数字で管理します。
社員が入ってきた時に必ず説明するのが「最高の目標の立て方」です。多くの人は子供の頃から「今の自分の能力で少し頑張ったら手の届く目標をつくれ」と言われていると思いますが、それは間違っていると私は考えています。
今の自分は過去の自分がつくってきたものであり、未来の自分は今から先の自分がつくるものです。今の自分をベースに目標を考えるのでは過去の自分にずっと縛られていることになってしまいます。そうではなく、今、自分が思い描ける最高の姿を目標に立てる。それに向かって邁進する。これが目標を立てる際のコツではないかと思います。
障壁にぶつかったら「一点突破、全面展開」
もし障壁にぶつかったらどうするか。「一点突破、全面展開」です。1つだけでなく、2つも3つも障壁が重なって起きることがあるかもしれません。でも1つでいいからまず解決させる。私の経験上、そうするとほかの障壁も一気に解決します。とにかくまず1つを乗り越えることに集中するとうまくいくはずです。
私の話で皆さんに何かお役に立つことがあったのであれば嬉しく思います。
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