創業5年で累損9億円、それでもブレなかった
第52回 岩崎博之 メディカル・データ・ビジョン 社長(1)
慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)は次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに特化した学位プログラム「Executive MBA(EMBA)」を開設している。「EMBA」プログラムの目玉の1つが、企業経営者らの講演と討論を通して自身のリーダーシップや経営哲学を確立する力を養う「経営者討論科目」。日経ビジネスオンラインではその一部の授業を掲載していく。
1月の講義には医療情報のネットワーク化を進めるメディカル・データ・ビジョンの岩崎博之社長が登壇し、2003年にメディカル・データ・ビジョンを創業した背景やそのビジネスモデル、目指す未来の姿などを説明した。足がかりの全くない医療業界に新規参入後、顧客である病院からの信頼を獲得するため、毎年の赤字で累損を膨らませながらもユーザーサポートに最大限の力を注いだことを振り返った。
(取材・構成:小林 佳代)
岩崎博之(いわさき・ひろゆき)氏
メディカル・データ・ビジョン代表取締役社長
1960年生まれ。1986年新日本工販(現フォーバル)入社。1988年アレック代表取締役就任。1994年アイズ常務、1997年クーコム常務、2001年システムアンドコンサルタント取締役などを経て、2003年メディカル・データ・ビジョンを設立し代表取締役に。2014年同社代表取締役社長に就任、現在に至る。
患者にもメリットのある仕組みをつくりたい
今日は私がメディカル・データ・ビジョンという会社をなぜ始めたのか、どういうビジネスモデルで経営をしているのか、うまくいかなかった時期をどう乗り越えたか、そして今後、どのように成長していこうと考えているのかといったことをお話ししていきたいと思います。
メディカル・データ・ビジョンの設立は2003年8月。そして2014年12月に東証マザーズに上場し、昨年(2016年)11月に東証第1部に変更となりました。
創業時、私は医療・健康業界の情報には解決すべき問題が多いと感じていました。他業界に比べて圧倒的にIT(情報技術)化が遅れている。病院に保管されている医療情報が十分に利活用されていない。患者が自身の医療・健康情報を把握できていない。
私はこれらの医療・健康情報の問題をクリアするビジネスを手掛けたいと思いました。健診データ、診療データ、退院後データをたくさん蓄積し、それらを十分に生かして医療の質を高めたい。患者にもメリットのある仕組みをつくり医療業界を改革したい。こういう思いで14年前、メディカル・データ・ビジョンを設立したのです。
医療情報を集積し、集めた情報を分析・活用する
現在、当社のビジネスは2つの柱があります。1つが病院向けに経営支援分析システム等を提供し、医療情報を集積する「データネットワークサービス」。もう1つは集めた医療情報を分析して製薬メーカー等に提供する「データ利活用サービス」です。現在、医療機関から2次利用の許諾を得て集積した医療データは1723万人分(2016年12月末現在)。国民の8人に1人のデータをメディカル・データ・ビジョンは保有しています。
このビジネスモデルを構築するまでのメディカル・データ・ビジョンの歩みを振り返ります。
医療の質向上と患者メリットの創出を目指して、まず私たちは各病院の中だけにあったデータを、利活用できる形式で外に出そうと考えました。といっても、設立したての小さい会社が病院の院長に「先生、診療データを活用させてください」と頼んでも出してくれるはずはありません。それには、私たちのことを信頼してもらう関係をつくることが必要でした。
そこで、関係を構築する第1段階として病院経営に役立つパッケージソフトをつくることにしました。そのパッケージソフトを病院に販売するとともに、思いつく限りのアフターメンテナンスを徹底的に行い、病院からの信頼を得ることで、医療データを集約していこうと考えたのです。
設立から5年数カ月の間、毎月赤字だった
早速、病院経営分析システムを開発し、病院に販売していきました。販売後はパッケージソフトを使う病院を対象にユーザー会を設置し、活用事例を全ユーザーに周知するなど、きめ細かなユーザーサポートを実行しました。
メディカル・データ・ビジョンは設立から5年数カ月の間、毎月赤字でした。資本金1500万円で設立した会社ですが、5年たった時、累積損失は9億円にも達していました。ユーザー会をつくったのは、まさに赤字を垂れ流しているまっただ中のこと。ユーザー数自体、まだ十数院しかありませんでした。
知人の医療系企業の社長からは「もったいないからユーザー会なんてつくらず、1病院ずつ訪ねて回ればいいじゃないか」と言われました。もっともなことです。けれども私たちは病院から信頼を得るための戦略としてユーザー会の活動を続けました。
「えむでぶ倶楽部ニュース」という新聞も配信しました。ユーザーの病院を訪ね、実際に現場でどのようにシステムを活用して成果を出したのかを取材して載せるのです。
「○○病院でソフトを導入しました」と伝える程度では他のユーザーには全く響きません。「○○病院の□□科の△△さんがソフトを入れてこういう活動をしたらこのように変わりました」というところまで伝える。それも私たちのパッケージソフトの画面写真を添えるなどして、それを見た病院が誰でも実践できるように配慮して活用事例を紹介しました。
このプロセスの中で、病院の担当者の話を聞くなどのコミュニケーションを取るうちに、メディカル・データ・ビジョンという会社に愛着を持ち、身近に感じ、そして信頼してくれるようになったのです。
赤字の中でもサポートを徹底し、ユーザーとのパイプは強固に
システムの使い方を伝える教育ソフトウエア「教えてシロー先生!」もつくりました。病院には当然ながら異動があり、担当者がすぐに変わってしまいまうこともしばしばです。前職は水道局の職員だったという人がいきなり病院の経営に携わったりもします。そこで、新しく担当に就いた人でも自ら使い方を学べるように教育ソフトをウェブに掲載し、無料でダウンロードできるようにしました。現在もこのソフトの利用率は高く、ほぼすべてのユーザーが活用しています。
このように顧客である病院から、ある程度の信頼を得られるようになった段階で、地域別勉強会を開催するようになりました。地域別勉強会は2009年から2016年までに累計244回行っています。
地域別勉強会に参加するユーザーは、自分の病院のデータを持ってきます。勉強会ではその場限りで他の病院の状況を見られるようにしておき、その上で各ユーザーの活用事例を話してもらいます。自分たちの病院の状況と似たユーザーがいた時には、そこが取り組んだ活動内容をプリントアウトして持ち帰ることができ、自分たちの病院経営にすぐに生かせるという仕掛けです。
このような活動を続けてきた結果、年に2回開く総会では、250もの席を準備しても、告知の翌日には満席になってしまうようになりました。次の日からは「どうしても参加したい」「席をなんとか確保してくれ」というご要望の電話が鳴り続けます。それほど私たちメディカル・データ・ビジョンとユーザーとのパイプは非常に太くなっているということです。
会社設立から5年間、毎月赤字だった。にもかかわらず、ユーザーサポートを徹底したことでユーザーの信頼を得られるようになった。
医療ビッグデータ活用のパイオニアとして強みがある
メディカル・データ・ビジョンの強みは何かといえば、第1に我々のつくるパッケージソフトの圧倒的なシェアです。
病院の中には診療報酬の包括評価制度である「DPC制度」を導入しているところがあります。DPCとは「Diagnosis(診断)」「Procedure(診療行為)」「Combination(組み合わせ)」の略。従来の診療行為ごとの点数をもとに計算する「出来高払い方式」とは異なり、厚生労働省が定めた1日当たりの診療点数から成る包括評価部分と従来通りの出来高評価部分を組み合わせて計算する方式です。
人材も資金も備えているような急性期病院(急性疾患または重症患者の治療を24時間体制で行なう病院)は、ほぼDPC制度に移行しています。私たちはいち早くDPC病院が利用できるようなパッケージソフトを開発したことで現在、DPC病院の45%ほどのシェアを握っています。投資意欲の高いDPC病院で半分近いシェアがあることは大きな強みです。
DPC病院は、診療情報を共通のフォーマットにまとめて、厚生労働省に提出しなくてはなりません。私たちが病院から二次利用の許諾を得て集めているのはこのデータです。先ほど、病院との信頼関係を構築してきた話をしましたが、まさにそれがあったからこそ、初めてデータを収集することができたのです。
実は当初、このフォーマットに入力したデータを分析すればすぐに有効活用できるはずと思い込んでいました。ところが、実際にはやってもやってもダメだった。なぜかというと、厚生労働省に提出されているデータに間違いがあることが多々あったからです。例えば女性特有の疾患なのに男性のデータとして入力されるといったことがあります。
我々は使えるデータを取り出すためにクレンジングプログラムをたくさんつくりました。何年も地道に取り組みを続けてきた結果、今ようやく精度の高いデータが取り出せるようになっています。いわば私たちは医療ビッグデータ活用のパイオニア。これがメディカル・データ・ビジョンの第2の強みです。
MRは訪問すべき診療科すら把握するのが難しかった
では、この医療ビッグデータは具体的にどのような利活用が可能なのでしょうか。
今は変わってきていますが、製薬関係の企業が持っているのは商品の物流データだけということが多かった。つまり、「ある疾患に使われている薬をこれぐらい出荷した」という動きを把握するまでだったのです。私たちが持っている医療データは実臨床データですから、患者への薬剤処方実態が見えてきます。これは大きな差です。
私たちからすると、ある薬が、どの診療科で使われているのかを示す「診療科別データ」は「いろはの『い』」といえる基本的なデータです。ところが、製薬メーカーはそのいろはの「い」である診療科別データすら把握できない状況でした。
製薬メーカーの担当者に薬の診療科別の使用比率を示すと、「どうしてこの薬がこの診療科で使われているんだろう」と不思議そうな顔をされることがあります。つまり製薬メーカーはその薬がどの科でどのように使われているのかも把握するのが難しかったということです。MR(医療情報担当者)を配置すべき、より適切な診療科が他にあったかもしれないのです。実際、いちばん営業すべき診療科にMRが行っていない製薬メーカーもありました。これはちょっと衝撃的でした。今では、診療科別の情報だけではなく、メーカーのニーズに対応した様々なデータ分析をしています。
医療ビッグデータの分析により、薬剤処方の実際を浮き彫りにする
例えば、Aという抗がん剤のデータを見ると、2014年3月まではほとんど腎がんに使われていましたが、翌4月から急に乳がんに使われるようになったことが分かります。我々のデータからこの事実を掴むことで、乳がんを扱うドクターの元にMRが行って、的確に情報を提供できます。
また、副作用の可能性を探ることも可能です。B剤という薬を投与後、60~79歳の男性患者の間でCという疾患が多く出ているというデータが出ているということがわかれば、製薬メーカーは高齢男性への処方について注意喚起を図ることも1つの活動として考えられます。
私たちのシステムによって今、このように医療用データは多様な利活用が可能になっています。当初、思い描いたビジネスモデルの通りにコツコツやってきたことで、こうした成果を得ることができたのです。
Powered by リゾーム?