慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)が次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに開設する「Executive MBA」。2016年12月の授業では虎屋の黒川光博社長が登壇。500年続く長寿企業の経営の極意を語った。

 黒川社長のプレゼンテーションの後には受講生と黒川社長との質疑応答が行われた。500年の歴史を持つ虎屋にとって、次代への継承は最も重要な経営課題といえる。技術を、事業を、どう継いでいくのか。受講者の質問に黒川社長が率直に答えた。黒川社長は、虎屋の「働き方改革」や、グローバル展開、新たな顧客層の開拓、高齢化社会の販売手法などといった経営課題について丁寧に説明した。

(取材・構成:小林佳代)

黒川光博(くろかわ・みつひろ)氏
虎屋社長/17代当主

1943年生まれ。学習院大学法学部卒業。富士銀行(現みずほ銀行)勤務を経て1969年虎屋入社。1991年代表取締役社長に就任。現在に至る。全国和菓子協会名誉会長、日本専門店協会顧問などを務める。著書に『老舗の流儀 虎屋とエルメス』(新潮社、共著)、『虎屋──和菓子と歩んだ五百年』(新潮新書)などがある。(写真=陶山勉)

世襲だが、同族経営とは少し違う

受講者:500年続いた虎屋がこの後も600年、700年と永続していくには経営の継承が必要です。若い世代へのバトンタッチについて考えていることをお伺いできればと思います。

黒川:私は今73歳。経営の責任者をやるには年を取り過ぎたかなという気はします。振り返って考えると40代半ばから60歳過ぎぐらいまでが、役員として仕事をするのにちょうどいい年回りという気もします。

 虎屋はこれまで世襲で事業を継承してきました。といっても、同族経営とは少し違って、1代に黒川家の人間は1人しかいません。今は私のほかに息子が1人いるだけ。私の弟や妹、家内の親族などはおらず、父が社長だった時もほかには私しかいませんでした。今、息子は30代前半。本人は一生懸命やっているのでしょうし、皆が認めてくれるなら、少し早いですがそろそろ(社長を)やれる年に近づいているのかなとは思います。

女性が社長になることには何の問題もない

受講者:黒川社長には娘さんもお2人いらっしゃるそうですが、今のままいけばいずれ息子さんが当主を継ぐことになりそうですね。今、女性が活躍する社会の実現が叫ばれていますが、お2人の娘さんへの継承というのは考えたことがあったのか、その辺りをお聞きしたいと思います。

黒川:3人の子供は娘、娘、息子という順番です。家内は小さい時から、娘たちに、「あなたたちはいいわね。自分でやりたい仕事ができるんだから。弟はもうある程度決まっちゃっているけど」という風に言っていました。そういう環境にあったからか、息子は中学生ぐらいのときに、「虎屋を継ぎたい」と自分から言い出しました。

 「どうしたら事業を継げるのか」「どうすれば社長をやらせてもらえるだろう」という問いに対して、家内は「お父さんは、すんなりと社長になれたかもしれないけど、あなたは時代が違う。社員の皆さんが『この人と一緒に仕事をやってもいいな』と思ってもらえるような人になれたなら、もしかしたら虎屋を継ぐことができるかもしれないわね」と言っていました。息子がそれで納得したのかどうかわかりませんが、ある時「虎屋の仕事をしたい。そのために自分も努力する」と言ってきたのです。彼なりに勉強や修行を重ね、今、息子が会社に入っているわけです。

 先ほどもお話ししたように、黒川家の人間は1代に1人限りと決まっていますから、今のところ娘たちは虎屋には入っていません。この先、仮に「息子ではダメだ、娘たちの方が向いている」と判断することがあれば、娘が社長になることもあり得るでしょう。女性が社長をやることに対して、私は何のわだかまりもありませんから。

社長が変われば企業のカラーも変わる

受講者:お話を伺っていると、黒川社長そのものが虎屋を体現した存在になっていらっしゃるという気がします。そうするとやはり次代への継承が虎屋にとっての大きな経営課題といえます。事業継承を控えて今、なさっていることがあればお話しください。

黒川:私の時代には私のカラーがあって、人が変わればそのカラーも変わるものです。時代、時代によって変わってきたからこそ、今日の虎屋があるのだろうと思います。

 社長そのものが会社なのではないかと言っていただきました。その通りかもしれません。そういう意味では次を任された人間が、どこまでひたむきに社長業に没頭できるか。それをどう見せられるかが大事なのでしょう。社長を引き継ぐ時には、そんな話をしないといけないのだろうとは思います。ただ、今の時点で「これは引き継ぐべきだ」と念頭に置いて伝えていることなどは、ないですね。お話ししたように家訓もありませんから。