「羊羹を世界へ」がモチベーション

受講者: 黒川さんは虎屋17代目当主として、日々、どういうモチベーションで虎屋の経営をされているのでしょうか。歴史ある企業のバトンをつなぐ17代目の後継者として心がけていらっしゃることがあれば教えてください。

黒川:正直、心がけというのは特にありません。もちろん、毎日「一生懸命やろう」と思ってはいますが。最近は、「羊羹(ようかん)を世界へ」というテーマを掲げ、それを実現しようとしています。それはひとつのモチベーションになっていますね。チョコレートは世界中、どこへ行っても普及しています。同じように羊羹も普及させたいのです。果たして何年、何十年先に実現できるかはわかりませんが。

 でも、もしかしたら100年後には、外国のコンビニエンスストアに羊羹が並んでいるかもしれない。海外の専門店で売っているかもしれない。その時、誰かが「どうして、ここで羊羹を売っているんだっけ」と振り返り、「100年前、羊羹を売ろうと言い出した日本人がいたからだよな」と思ってくれるとしたら、ちょっと面白いですよね。仕掛けて、たとえ少しずつであっても羊羹が海外に浸透していけば、その先に歴史ができていきますから、「よし、思い切ってやろう」と考えています。

 そうやって目標から逆に考えると、今やらなくてはいけないことが見えていきます。原材料をどのように調達すべきか、外国語をどうやって身につけるか。今、日本にこれだけ外国の方がいらしているのに、「羊羹を世界へ」などと意気込んでいる企業の社員が、全く外国語を話せないというのでは困りますから、話せる人材を育てなくてはいけません。こうした思いが日々の経営を、後押ししています。

守るべきは、「お客様に信頼していただける仕事をしよう」ということ

受講者: 黒川社長は長い歴史のある企業を経営しつつも、新しいことに積極的にチャレンジしていくという、とても柔軟なお考えをお持ちだとお見受けしました。ただ、やはり、500年の伝統を背負って「これだけは絶対に譲れない」と考えているものがあれば、教えていただけますか。逆に、「伝統が守れなくなる時」があるとすれば、それはどういう時なのか教えていただけますか。

黒川:古くから続けている会社であるとお聞きになると、「絶対に守らなくてはいけないものがあるはずだ」と、皆さんはお考えになるようですが、実際のところ、「さて、何を守っているかな」という感じです。

 あえて言うなら、「お客様に信頼していただける仕事をしよう」ということでしょうか。社員にも「それだけは守ろう」と言っています。どなたに召し上がっていただいても、おいしく、安心で、安全な和菓子を作る。「この会社の商品は信頼できるね」と言ってくださるお客様を裏切るようなことは、絶対にしない。そのことだけは守りたいと思っています。

 もう1つのご質問で、和菓子屋としての伝統を守れなくなるのはどういう時かといえば、この世に和菓子を召し上がる方がいらっしゃらなくなった時でしょう。そうなった時、仮に和菓子屋ではなく、洋菓子屋に転換することで働いている人たちを守ることができるのなら、私は洋菓子屋になっても構わないと思っています。もちろん、我々はそういう日が来ることがないよう、日々努力しているつもりです。

虎屋は小学校で公開授業を行ったり、子供向けの「仕事体験イベント」に参加したりすることを通じて、和菓子への理解を深めてもらっている。(写真:虎屋提供)