虎屋には、老舗企業、長寿企業によくある「家訓」のようなものは何もありません。ですから言葉は乱暴ですが、「会社が生き残るためには何をやってもいい」と考えてやってきました。(写真=陶山勉)

時代に合わせて変えた方が良いところがあれば変える

受講者: 「味は不変ではない」「新しいことにも挑戦すべきだ」、というのはよくわかります。一方で、昔からのお客様の中には「変えないでほしい」「今のままがいい」という要望を持つ方もいらっしゃるのではないかと思います。そういう方にも満足いただきつつ、イノベーションを起こしていく秘訣というのはありますか。

黒川:「変えない方がいい」とおっしゃるお客様も当然いらっしゃいます。私どもも、「変えないこと」「変わらないこと」も大切だし価値があると思っています。虎屋には菓子の絵と菓銘(菓子の名前)が書いてある、古い絵図帳が残っています。それを見ると、今ある菓子で、一番古いものは1690年代に作り始めています。300年以上前からお客様に召し上がっていただいているものですから、伝統や歴史も大切にしなくてはいけないと思います。

今もある虎屋の菓子で一番古いものは1690年代に作り始めている。(写真:虎屋提供)

 そうしたことを踏まえた上で、今の時代に合わせて変えた方が良いところがあれば変えていきます。

 もちろん、変えると言っても、いろいろな変え方があります。サイズを変えたり材料を変えたり…。今までの路線はきちんと踏襲しつつ、さらにおいしく、より良い菓子にするためにどうすれば良いかを考えています。ですから、味は不変ではないのですが、新しいことに挑戦するといっても、とんでもない菓子になっていくことはありません。基本的なところは変えたくないと思っています。

社員や虎屋OBにもアイデアを募り、新しい商品を生み出す

受講者: 「伝統」も大事だけれども、それ以上に「今」が大事だというお話が印象的でした。伝統ある企業というのは一般に、旧来の仕事を守ることに汲々としがちだと思いますが、今の時代の空気を取り入れた新しい商品作りに挑戦する風土はどのように培っていますか。

黒川:1年に何種類の新製品を作らなくてはいけないというような決まりは設けていません。けれども、新しい商品が誕生する「仕掛け」は作っています。新しい菓子を開発する部署があるほか、パートさんを含む全社員、虎屋OBも対象に、新商品のアイデアの提案を呼びかけています。例えば毎年、新年の干支や、皇居で開かれる歌会始のお題にちなんだ菓子を考えてもらっています。

 また、虎屋はフランス・パリに店がありますので、年間数人を2~3カ月間、「製造技術指導者」としてパリに派遣し、現地での和菓子作りはもちろん、休日には美術館に行ったり現地のお菓子屋さんを回ったりして見聞を広めてもらいます。社内では技術講習会も頻繁に開いています。このように、新しいアイデアが湧くような環境を整え、誰でも、いつでも、提案できるような体制を取っています。これからも新しい商品の開発はどんどん進めていくつもりです。新しいことに挑戦することで、逆に今まで手がけてきたものへの自信も芽生えるのではと感じています。

「とらや パリ店」。虎屋がパリに店を出して36年になる。2015年には18年ぶりにリニューアルした。(写真:虎屋提供)