「虎屋が一番」と過信しないように、全国の名菓を食べ比べ

受講者: 虎屋のような「超長寿企業」の社長に就くことは、長い歴史の重圧を感じることにつながるのではないかと推察いたします。500年近くも続いてきた会社を、どのように舵取りしようと考えてこられたのでしょうか。黒川社長が志向してきた経営のスタイルがあれば教えてください。

黒川:まず目指したのが「計数的」ということです。私が社長に就任した当時、我々の会社はまだ、数字をきちんと見て経営の状況を分析するということが、十分にできていませんでした。

 例えば店のショーケースの中の、どの位置に商品を置くとお客様の目に留まりやすいか? 真ん中に置くのが一番だと思いがちですが、実は通路の関係で端の方が見やすく売れやすいということもあります。何でも大ざっぱに十把一絡げで考えるのではなく、店舗ごとに分析し、数字をしっかりと見て、事実に基づいて商売しようと訴えました。

 「絶対性の見直し」も主張しました。これはつまり、こういうことです。売上が好調だと「虎屋が一番」という意識が強くなってしまうものです。商品への自信や自負を持つのは良いのですが、「上から目線」で物事を見たり、過信したりしてはいけません。そうではないだろうと。このため、全国にたくさんある名だたるおいしいお菓子を買ってきて、目隠しして食べ比べるということも1年くらいやりました。「自分たちは常に1番正しい」と思い込まず、謙虚に見直しをしようという考えで、経営をしてきました。

「会社が生き残るためには何をやってもいい」と考え改革してきた

受講者: 経営理念のお話をいただきましたが、それ以外に創業以来受け継がれている企業文化というものはありますか。口に出さなくても組織の中に埋め込まれているような不変のカルチャーや不文律があれば教えてください。

黒川:我が社には、老舗企業、長寿企業によくある「家訓」のようなものは何もありません。ですから言葉は乱暴ですが、「会社が生き残るためには何をやってもいい」と考えてやってきました。

 結果としては、和菓子を大切にして、それ以外のことに手を出さずにここまでやってきたということが1つの企業文化なのかもしれません。和菓子というものは、我々が努力をしていけば、まだまだ皆さまに召し上がっていただけるものだと思っていますから、今の価値観を引き続き大切に持って「おいしい和菓子を喜んで召し上がっていただく」という経営理念を実践していきたい。それは社員にも伝え続けていきたいと思っています。

公募制を導入、社員を信頼し、大胆に任せてきた

受講者: 私は150年以上続く薬メーカーに勤めています。長い歴史を持つ企業というのは強い「ブランド」を持つなど良いことも多いですが、一方、社内では固定観念や伝統に基づく習慣がはびこり、組織が硬直化しがちではないかと思います。私の勤める会社では「若い社員の意見が通りにくい」「新しいチャレンジが認められない」ということがしばしば起きます。ところが虎屋は非常に柔軟に新しい取り組みに挑んでいらっしゃいます。それを可能にする仕組みをどのようにつくってきたのか、ぜひ教えていただきたく思います。

新しい店舗をつくる時や、新しい事業を手がける時には公募制を導入している。「やりたい」と手を挙げた中から選ばれた社員に担当してもらう。

黒川:今、お話しいただいた長寿企業であるがゆえの危険性というのは虎屋にもあると思います。私も危機感を持っています。今から25年ほど前、私が社長に就任した直後に、外部の方に調査していただいて虎屋の経営を分析しようとしたことがあります。その時も社内から「なぜそんなことをやるんだ」「そんなことは必要ない」と反発されました。

 「今、きちんと数字が出ているんだから、このままでいいじゃないか」というわけです。そう言ったのは年齢が高いベテラン社員ではなく、40代の中堅社員でした。中堅社員の間にも「新しいことに取り組みたくない」「そんなことをするのは大変だ」という空気が蔓延していた中で、繰り返し「挑戦しなくてはいけないんだ」「いろんなことをやってみよう」と言い続けたことで、少しずつ空気が変わってきました。

 具体的な仕組みとして、新しい店舗をつくる時や、新しい事業を手がける時には「公募制」を導入しています。「やりたい」と手を挙げた中から選ばれた社員に担当してもらいます。役職や年齢は関係ありません。若い年齢の社員でも「本気だからやらせてみよう」という観点で選び、信頼して大胆に任せる。そんなことで少しずつ企業風土が変わってきたのではないかと思います。今は「新しいことをやろう」となった時、「なぜそんなことをするんだ?」という拒否反応はほとんどなくなりました。