慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)は次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに特化した学位プログラム「Executive MBA(EMBA)」を開設している。「EMBA」プログラムの目玉の1つが、企業経営者らの講演と討論を通して自身のリーダーシップや経営哲学を確立する力を養う「経営者討論科目」。日経ビジネスオンラインではその一部を掲載していく。
2017年12月の「経営者討論科目」にはNTTドコモの山田隆持顧問が登壇。「経営とリーダーシップ」と題して講義を行った。2008年から4年間NTTドコモ社長を務めた際、競争が熾烈なモバイル業界を勝ち抜くために、何を考え、何を基本理念として行動したか、10の項目を挙げて解説した。
(取材・構成:小林 佳代)
山田隆持(やまだ・りゅうじ)氏
NTTドコモ顧問
1948年兵庫県生まれ。大阪大学工学部通信工学科卒業。1973年大阪大学大学院工学研究科修了後、日本電信電話公社(現NTT)に入社。2001年NTT西日本取締役設備部長、2002年NTT西日本常務取締役ソリューション営業本部長などを歴任後、2004年NTT代表取締役副社長に。2007年NTTドコモ代表取締役副社長に転じ、2008年NTTドコモ代表取締役社長に就任。2012年NTTドコモ取締役相談役を経て、2015年より現職。(写真:陶山 勉)
リーダーとはどうあるべきか
私は2008年から4年間、NTTドコモの社長を務めました。モバイル市場はスマートフォンが出現するなど、技術革新が極めて速く、競争が熾烈な世界です。さらに2011年3月には東日本大震災という未曾有の大災害も発生しました。
その中で私は社長として何を考え、何を基本理念として行動したか。今日はそれをお話ししていきます。話の内容はすべて私が経験をしたことです。「経営とは何か」「リーダーとはどうあるべきか」を考える一助にしていただければと思います。
私の経営に対する基本的な考え方は10項目あります。列挙するとこのようになります。
経営に対する基本的な考え
(1)お客様への感謝の心
(2)現場原点主義
(3)衆知の結集
(4)結束
(5)情報共有の重要性
(6)運命共同体
(7)明るく元気で活力のある会社
(8)実行こそ重要
(9)PDCAの徹底
(10)イノベーションの発揮
【お客様への感謝の心】 リーダーは常にそれを言い続けるべし
順番に説明していきましょう。
第1の「お客様への感謝の心」。当然のことですが、お客様がいらっしゃるからこそ私たちの事業は成り立ちます。お客様への感謝の心はすべての基本です。お客様の声に耳を傾け、お客様のご要望をしっかり受け止めることが重要です。そうして初めてお客様から信頼していただくことができます。
私がNTTドコモの社長に就任したのは2008年ですが、その年の秋にリーマンショックが発生しました。リーマンショック後にはそれまで優良企業とされていた会社も赤字に転落するケースが続出しました。そういう中にあっても、NTTドコモは従来通りの利益を出すことができた。なぜかといえば、お客様が苦しい環境の中でも通信料を払ってくださったからです。我々は心からお客様に感謝をしなくてはなりません。お客様に感謝する心があれば、お客様満足度を上げるのは義務となります。いろいろな支店に行ってこれを話しましたが、皆賛同してくれました。
「お客様への感謝の心」と「お客様満足度の向上」を全社員の基本哲学としてしっかり共有するためには、リーダーは常にそれを言い続けることが必要です。言い続けて、言い続けて、言い続けて初めて、みんなに本気だと思ってもらうことができます。
リーダーは「お客様への感謝の心」の哲学を繰り返し言い続ける必要がある。(写真:bandit2523/123RF)
【現場原点主義】 現場を見ないとわからないことは多い
第2の項目は「現場原点主義」。お客様に感謝の心を持ち、お客様満足度を向上しようと考える我々にとって、事業の原点はお客様と接点を持つ現場にこそあります。ですから本社の人間、特に経営層は自ら現場に足を運ぶことが重要です。現場に足を運ぶことで経営者は現場の活力を感じ、現場の生の情報を知ることができます。一方、現場の人間は経営者の経営にかける意気・情熱を感じ、また全社的な動きを知ることができます。
会社が大きくなるにつれて、本社と現場とは距離が離れてくるものです。本社は色々と理論武装した上で施策を打ち出します。ところが、理屈や理論は100%正しいわけではない。60%は正しいかもしれないけれど、残りの40%は現場を見ないとわからないことが多いのです。その40%を学び、それを取り入れて施策をつくっていくことが重要です。そのためにはトップ自らが現場に行って勉強しないとダメです。
社長時代、私も直接現場に行きましたし、常務以上にも現場行きを割り振り、担当者を決めて現場に行ってもらいました。社長室のよく見えるところに星取り表を張り、誰がどれぐらい支店に行ったかがすぐにわかるようにしておきました。私自身は社長時代の4年間で460拠点に行きました。
現場に行く時、「大名行列」にしてはダメ。私は秘書課長とCS担当部長の3人で行っていました。社長業を務めながらですから時間には限りがあります。地方に行くにはスケジュール的に2日間必要なので、金曜・土曜で行くようにしていました。金曜は支店に行って対話会を開き、その後、懇親会の場を持ちます。土曜はドコモショップやコールセンターを回るという具合です。
日本社会では、本音を聞き、つながりをつくるために懇親会が重要な役割を果たします。しかし、社長が来るというと支店長が気を使い、だんだんと華美な懇親会になりがちです。費用が高くかかる懇親会だと、出席する人数を絞り込もうとしてしまい本末転倒です。
そこで私は懇親会を缶ビールと乾き物、デリバリーなど簡易なものにして派遣社員も含め、多くの人が参加してくれるよう働きかけました。結果的に多くの人と話すことができ様々な話題で話が弾み、交流を深めることができました。支店の中に和の心を生み出すことにもつながりました。
【衆知の結集】 会議に参加する人の立場を「一人称」にする
第3に挙げたのは「衆知の結集」です。1人の知恵と力は限られています。多くの人間が色々な角度から考えることが思考を深めることにつながります。いかに多くの人間の知恵と力を結集するかで、大事を成せるか否かが決まります。
皆さんの会社の多くもそうでしょうけれど、ドコモでは従来、会社の意思決定は経営会議を開いて行っていました。多くの場合、重要案件は担当部長、担当取締役、担当副社長らが議論し、練り上げて社長に事前説明し、「よし、これで行こう」と固めてから経営会議にかけます。経営会議に出ている人は、ブラッシュアップされた案件だとわかっていますから、担当でもないのに「それはおかしい」などと意見することはありません。せいぜい「それはどういうことですか」と質問する程度。案件に対する立場が三人称のままで話が進んでしまいます。そうではなく、会議に参加する人たちの立場を一人称にしていかなくてはいけません。
そこで、ドコモでは「朝会」を実施しました。重要案件を常務以上10人の役員が積極的に議論するようにしたのです。大切なのは、トップが個別の案件について事前に説明を受けないこと。全員、白紙の状態で情報を共有し、議論し合います。こうすると賛成・反対の意見が活発に出ます。
会議で座る場所も重要です。多くの会社は会議の際には役職順に座りますが、これでは自由な意見が出てきません。「自由席にしよう」と提案したとしても、日本の会社では、周りを見て空気を読んで、結局は役職順に座ってしまいます。そこで私は朝会の際、毎回抽選で座る場所を決めることにしました。社長である私は真ん中に座り、あとは1番から9番までくじを引いて当たった番号の席に座ります。
こういうスタイルの朝会を実施して良かったのは、色々な角度から意見が出て案件がブラッシュアップできたこと。例えば営業の案件に対して設備担当者から意見が出たり、設備の案件に対して総務担当者から意見が出たりしたのです。朝会の場で意見を言うことによって各人にその案件の当事者という意識が芽生え、後に実行する段階で色々と手助けしてくれるようになりました。
会社の経営において、10の施策を打ち出して、すべてが成功するということはあり得ません。5個ぐらいは放っておいてもうまくいくかもしれません。問題は、残り5個のなかなかうまくいかない施策にどう対処するかです。各人が意見を言い合う場をつくっておくと、みんなが一人称になって、なんとかその施策を軌道に乗せようと奮闘してくれます。
すべての部署において衆知の結集は重要です。施策を立案・実行する際には、少し時間をかけて各人の意見を聞く場を設けること。例えば、会社で決まった施策を実行する際、上意下達で「やれ」と言うのではなく、課長たちに集まってもらい、「どうやってやるのがいいか」と意見を求める。自分からは発言しない場合も多いので、1人ずつ当ててみてもいいでしょう。そうすることでみんなが一人称になります。単なる上意下達なら1分で終わるものが、30分、1時間と、少々時間はかかりますが、このプロセスを踏んでおくことで後の行動が全く変わってきます。
1人の知恵は限られている。多くの人間が色々な角度から考えることが、思考を深めることにつながる。(写真:andreypopov/123RF)
「すべての部署において衆知の結集は重要です」(写真:陶山 勉)
【結束】 組織はトータルパワーを発揮することが最重要
第4に挙げたのは「結束」です。共通の目標に向かって結束してこそ、知恵や力が集まります。ドコモの場合、共通の目標はお客様満足度の向上でした。
結束の生まれた組織というのは強いものです。衆知を結集して障害を乗り越えていきます。結束のためのかじ取りと推進は経営者、リーダーの役割です。経営者やリーダーは方向性を指し示し、意思と情報共有を徹底させる。また職場環境にも目を向けて、結束しやすい土壌をつくり上げることが大切。組織はトータルパワーを発揮することが一番重要です。
【情報共有の重要性】 仕事の成功の3分の1は情報共有にある
第5は「情報共有の重要性」。結束するためには本社から現場まで情報を共有することが必要です。情報を共有するとみな一人称になって行動してくれるからです。
皆さんの会社でも新商品を出すことがあると思いますが、こういう情報はいち早く現場と共有すべきです。現場がしっかり中身を把握してこそ、お客様に適切な説明ができます。重要な情報ほど、社外に漏れることを懸念してギリギリまで現場に情報を出さないことがありますが、これは全くもってダメ。ある日突然、発表すればマスコミ的にはサプライズになるかもしれませんが、いきなり「明日から売れ」と言われても現場は困ります。情報共有をしてこそ、その後の行動に結びつくのです。仕事の成功の3分の1は「情報共有にある」と言っても過言ではないと私は思います。
【運命共同体】 相手の立場を尊重し、感謝の心を忘れない
第6は「運命共同体」。各人が、その会社、その職場にいるのは色々な巡り合わせの結果です。自分だけで決めたものではない。まさに運命です。職場は最も典型的な運命共同体の場です。そう考えた時に、結束の基盤ができます。お互いを理解しようという心が生まれます。各人、それぞれ事情は異なりますが、相手の立場を尊重し、感謝の心や他人を思いやる心を持つことが現場を明るく温かいものにすると信じます。
【明るく元気で活力のある会社】 厳しいことが多いからこそ
第7は「明るく元気で活力のある会社」。事業の成功には素晴らしい戦略・戦術が必要です。ただ素晴らしい戦略・戦術は必要条件ではありますが、十分条件ではありません。どんなに素晴らしい戦略・戦術があっても、明るく元気で活力のある職場がなければ、実現できない。明るく元気で活力のある職場には夢、希望、行動力が生まれます。仕事は厳しいことが多いものです。けれど、明るくしようとみんなが努力すれば明るい職場になります。社員は生活の大半の時間を職場で過ごすのですから、明るく元気に仕事をできる環境を整えることは経営者の責務です。経営者、リーダーには「明るく元気に行こう」と毎日言い続けていただきたい。そうすると、自然と明るく元気な雰囲気が醸成されます。
仕事は厳しいことが多いからこそ、明るくしようとみんなが努力することが必要だ。(写真:dolgachov / 123RF)
成長が止まる時期(プラトー)が続いても、粘り強く努力を続けよ。ある時、一気に上に行ける瞬間が来る。(写真:bialasiewicz/123RF)
【実行こそ重要】 「プラトー現象」を乗り越える
第8に「実行こそ重要」。企画は重要です。しかし、実行が伴わなければ何の成果にも結びつきません。どんな企業も戦略・戦術をつくる経営企画部にはIQの高い優秀な人が集まっていると思います。出てくる戦略・戦術は素晴らしいものが多くあります。「素晴らしい」と褒めてもらうと、つくった人は、あたかも実行できたかのように錯覚してしまいますが、素晴らしい戦略・戦術ほど実行するのは難しいのです。素晴らしい戦略・戦術も実行できなければ絵に描いた餅に過ぎません。実行できてこそ、お客様のためにも会社のためにもなるのですから、実行する部門が評価されるべきです。
実行に当たって注意しておかねばならない事があります。それは「プラトー現象(高原現象)」です。横軸に努力、縦軸に効果を取ったグラフをつくると、最初は右肩上がりで目に見えるように効果が出ます。しかし、ある段階で努力をしても成長が止まる時期(プラトー現象)が続きます。それでも粘り強く努力を続けると再び向上するという現象です。プラトー現象はどんな分野にも存在します。典型例がスポーツですが、会社の業績も同じです。新しい施策を実行すると最初はうまくいくものの、そのうち、成果が出なくなってしまうことが多いのです。それでも粘り強く努力をしていると、ある時、一気に上に行けます。
【PDCAの徹底】 「問題点を教えてください」と聞く
第9は「PDCAの徹底」。 Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(改善)のサイクルをしっかり回すことです。企画の仕事は実行段階に入って終わりではなく、困難や見込み違いを迅速に把握し見直しにつなげることが重要です。施策をつくってから実行までにタイムラグもあります。うまくいかない場面が出てきた時に、それを早く見つけて立て直すには、施策をつくった人が現場に行って実行状況を把握することが重要です。
現場に行った時、「施策はうまくいっていますか」と聞いてはダメ。現場は「まあまあです」「なんとかうまくいっています」などと言うしかなくなります。「施策の足りないところや問題点を教えてください」とたずねると、価値のある答えが返ってきます。
【イノベーションの発揮】 高度な技術ばかりが必要なわけではない
最後に「イノベーションの発揮」です。企業が新たな成長を目指すためには様々なレベルでお客様の期待を上回る必要があります。お客様の期待を上回るにはイノベーションによるブレークスルーが大きな役割を果たします。イノベーションといっても、必ずしも高度な技術ばかりが必要なわけではありません。お客様視点で技術を効果的に組み合わせることによって、お客様の期待を上回るサービスを生むことがあります。
ドコモは研究所には年間約1000億円ぐらいの経費をかけ、技術開発をしています。世界的にも高い評価を得ていて、素晴らしい技術を生み出しています。ところが、その素晴らしい技術が売れるかというと、そうとも限らない。いざ売り出してみたらお客様が振り向いてくれないということもあります。作った人は残念に思ってその技術をお蔵入りさせてしまうのですが、私は「お蔵入りさせずに目に見える棚に並べておいてくれ」と言っていました。幾つかの技術と組み合わせると、状況や環境が変わった時、一気にブレークするかもしれないからです。
イノベーションというのは技術の進歩ではありません。お客様がどれだけそれを評価してくれるかなのです。お客様の満足度を上げることを考えて、いろいろな技術を組み合わせサービスを出していくことが重要。お客様が基点にあってのサービス・イノベーションであるということを認識するべきだと思います。
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