慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)は次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに特化した学位プログラム「Executive MBA(EMBA)」を開設している。「EMBA」プログラムの目玉の1つが、企業経営者らの講演と討論を通して、自身のリーダーシップや経営哲学を確立する力を養う「経営者討論科目」。日経ビジネスオンラインではその一部の授業を掲載していく。

 2016年12月には虎屋の黒川光博社長が「虎屋の今」と題して授業を行った。創業は室町時代後期にさかのぼるという和菓子屋「とらや」。世界でも希有な500年の歴史を誇る超長寿企業の経営の極意を第17代当主が語った。

(取材・構成:小林佳代)

黒川光博(くろかわ・みつひろ)氏
虎屋社長/17代当主

1943年生まれ。学習院大学法学部卒業。富士銀行(現みずほ銀行)勤務を経て1969年虎屋入社。1991年代表取締役社長に就任。現在に至る。全国和菓子協会名誉会長、日本専門店協会顧問などを務める。著書に『老舗の流儀 虎屋とエルメス』(新潮社、共著)、『虎屋──和菓子と歩んだ五百年』(新潮新書)などがある。

虎屋の経営理念はシンプルなワンフレーズ

 虎屋の黒川です。虎屋の創業は室町時代後期にさかのぼります。以来約500年にわたり和菓子屋を続けてきました。今日は私がどんなことを考えながら日々、この会社を経営しているかをお話ししたいと思います。

 最初に経営理念を紹介します。虎屋の経営理念は「おいしい和菓子を喜んで召し上がっていただく」というものです。このワンフレーズだけです。

 言葉として理念をつくったのは1985年のことです。ただ、社内ではそれ以前もずっとこういう内容のことを言い続けてきました。

 虎屋は和菓子屋を営んでいますから、「おいしい和菓子」をつくることが大切なのは当然です。加えて、私たちはその和菓子をただ召し上がっていただくのではなく、「喜んで」召し上がっていただきたいと願っています。

経営理念は、「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」というとてもシンプルなもの。(写真:虎屋提供)

経営理念はすぐに思い出せる言葉であることが大切

 せっかくおいしい和菓子を心を込めてつくったとしても、それをお客様がお買い求めになる時に、「なんだか感じが悪かった」「店員の対応が良くなかった」とお感じになれば、喜んで召し上がっていただくことはできないでしょう。店頭に立つ人間が、いかに心を込めて商品をお渡しできるかも大事であるという思いを込めて、この経営理念にしています。

 ごくシンプルなワンフレーズですから、当社に入ったばかりの新入社員もみんなすぐに覚えてくれています。経営理念とは社員全員が共有しなくてはいけないものです。「ええっと、うちの会社の経営理念はなんだっけ……」と考え込むようなものではなく、すぐに思い出せる言葉であることが大切です。

 では「おいしい和菓子を喜んで召し上がっていただく」という理念の「おいしい」を実現するにはどうすれば良いでしょうか。

実際には味は時代によって変わる

 一般に、味は不変だと思われがちです。老舗の場合は特に、「昔から変わらない」「ずっと守られてきた味」という評価を受けます。召し上がる皆さんからすると味が変わらないことがひとつの価値でもあります。「変わらないはずだ」「変えないでくれ」という思いもあるでしょう。

 しかし実際には味というものは、時代によって変わるものだと思います。私は社員にも「味は変えていい」と言っています。味は不変ではないのです。

 500年続く企業を率いていると、「伝統が大切ですね」とみなさんおっしゃいます。もちろん伝統は大切です。けれど一番大切なのは「今」です。今、生きている皆さん、今、買い物に来てくださる皆さんに最大限の気を配り、おいしいと思っていただけるような菓子を作らなくてはならない。伝統だけでは今日の仕事はできません。今、どうあるべきかを追求していかなくてはならないと思っています。