茶の湯の魅力は“出会い”

木下:それは本当に素晴らしいお話ですね。「一期一会」で得たご縁をずっと大切にされて。

 ところで、先生の著書に『利休の逸話と徒然草』がありますけれど、これについてお話頂きたいのですが。

生形貴重 著『利休の逸話と徒然草』河原書店
ある田舎に住む茶人が、田舎住まい故に良い茶道具が手に入らず、利休に一両という大金を託して、茶道具の購入を依頼した。だが利休は、預かった金の全額で白布だけを購入して、〈侘び茶というものは、茶巾さえきれいであれば、茶は飲めるものです〉という言葉を添えて送ったという。他にも興味深い逸話が多数取り上げられている。

生形:『徒然草』は兼好法師が書いた書物ですが、当時はそれ程多くの人に読まれていたわけではなかったのです。むしろ、江戸時代になって普及したんです。宗旦の弟子衆の一人、三宅亡羊という学者が本文を整理して、清濁を烏丸光広に正してもらって出版されました。

 徒然草は、茶人のサロンの中で「道の文学」として響き合うものがあったはずです。利休の逸話の背景には、徒然草を連想させるエピソードがたくさん出てきますし、茶道の精神の一部の源流は、徒然草に求められるんじゃないかなと思ったのです。

 兼好の「無常観」も仏教に通じますし、「道」というものの元来の意味は、「仏道」からスタートしていますからね。

木下:それは、全ての芸道に通じることですね。一人の人間として、心の修行をすることこそが芸道の本質であると。

 それでは最後にお訊ねしたいのですが、茶道には奥深い人生観や、総合芸術と言われているように美的センスも学べたり、昨今では「おもてなし」という言葉の象徴のように捉えられてもいて。若い女性やビジネスマンなどがマナーとか、もちろんそういうことも学べるもので。

 そんな茶の湯の魅力を一言で表すとしたら、ずばり何でしょうか。

生形:“出会い”ですよね。人生観に影を落としてくれる、そういう人との出会いとか、友人となる人との出会い。やっぱり道を同じく出来る人との出会いは大きいですね。

 僕らがしていることが、学校教育と決定的に違うのは、学校教育というのは年齢で輪切りにされていますでしょ。ところが、茶というのはいろいろな人が集まってくる。初心者の人もベテランの人も同じ場で勉強するんです。それはものすごく大切なことなんですよね。

木下:世代を越えて。

生形:ええ。茶の稽古では、今日はどんな話が出来るのかなと、仲間との話を楽しみにしてこられる。その時の話題は、日本の伝統文化や美術工芸、あるいは禅の話など多岐に渡っていて。

木下:茶席には、「濃茶」に“回し飲み”がありますよね。

生形:一碗を通して、相互に学び合える。これが茶の湯です。

茶の湯は、人と人とを繫ぎ合わせてくれる

■ビジネス・メモ

近代化が進む明治三十九年。英語で書かれた岡倉天心の『茶の本』は、世界中に衝撃を与えました。天心はそこで次のように述べています。〈茶は日常生活の俗事の中に美を崇拝する一種の審美的宗教すなわち茶道の域に達す※〉。明治維新後、積極的に西洋化を推し進めていく日本を横目に、天心は東洋における禅思想をその源泉とし、日本で“道”という極致に高められ、精神美の備わった「茶」こそが世界に比類なき、日本が誇る伝統文化であることを発信しました。

日本特有の美意識を一言で表す「不足の美」という言葉があります。これは茶の湯における指針となっていますが、西洋の「完全美」を凌駕する物事の捉え方だと言えます。足りないものを得ようとするのではなく、足りないことを知り、身の丈を磨こうとする心持ち。今日これこそが、洗練された豊かさではないでしょうか。

※引用 岡倉覚三『茶の本』村岡博訳