「侘び茶」の指針となる『心の文』

木下:「草庵」という言葉は、このあたりから出てくるのでしょうか。

生形:草庵という言葉自体は、これも平安時代からあると思います。例えば比叡山延暦寺とか大きなお寺は、僧侶の身分も固定されますが、本当に仏道修行をしたいという修行者などは遁世して山里に庵を結んで修行するんです。その山寺を草庵、「草の庵」と言うんです。

木下:なるほど。そういうイメージが茶の世界に取り込まれているんですね。

蹲踞(つくばい)で手を洗い、口をすすぐ

生形:出家した鴨長明の『方丈記』の中に描かれた「方丈の庵」は、解体して運ぶことも出来ます。それがほぼ四畳半だったんです。

木下:現在、茶の世界で使われる「方丈」という言葉は、その言葉を借りているということでしょうか。いわゆる「広間」に対しての「小間」の茶室。つまり、四畳半以下の茶室のルーツはこのあたりにあるということですね。

 そしてこの草庵という言葉から感じるような、慎ましさが、「侘び茶」というものの本質ですね。

生形:その通りです。侘び茶とは名物を持たずにする茶の湯です。一番分かり易い言葉で言うなら、“身の丈サイズの茶”ということなんです。

 そういう町衆や新興武家たちの茶に、珠光は「茶は“人作り”に関わるもの」という自覚を持っていたのです。茶の湯を初めて「道」と呼んだのも珠光ですね。

木下:茶の湯における精神美というものが、ここに発露するのですね。

生形:有名なのが『心の文』(『古市播磨法師宛一紙』)と呼ばれているものです。茶の湯の道で大切なことは、〈自分勝手な判断を控える〉〈茶の道とは自己鍛錬・修練の道であり、慢心してはいけない〉〈自分の心の師となるべきで、心を師としてはいけない〉などといったことがそこで語られています。

扇子は相手との間に礼節を生む結界

木下:〈自分の心の師となる〉というのは、自分をセルフコントロールしなさいということですよね。それから、珠光には特に有名な〈和漢のさかいをまぎらかす〉いう言葉がありますけれど。

生形:美術や歴史の人たちは、この言葉ばかりに焦点を当てて、美のあり方として語っている傾向がありますが、この言葉が記されている『心の文』は教育論です。そもそも珠光の弟子たちには、和漢の“漢”に当たる唐物を持っている人はいないのですが、少し豊かな者は唐物に目がいきます。「そうやのうて、備前とか、信楽とかの和物も唐物と混ぜて使いなさい」という意味合いで述べているんです。

茶碗を拝見することも作法の中の一つ。写真はノンカウ作の「赤樂茶碗」