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美しい気韻…書においてこれ以上に勝ることはない
高木聖鶴 筆/「たまのをよ」

 この連載は、古来、自然信仰や神道、禅宗などの仏教、さらに儒教といった思想を反映しながら、繊細な美の様式を整えてきた⽇本⽂化の根底に流れている、“日本らしさ”について探ってきました。

 今回は特別企画として、現代の⽇本書道の第⼀人者で、⽂化勲章受章者である⾼⽊聖鶴先⽣にお会いしたく、岡⼭にある先⽣のご⾃宅までお伺いしました。

 必ずしも体調が万全ではない中、また「作品こそが全て」という先⽣のお考えがあるにも関わらず、敢えて先⽣のこれまでの書道⼈⽣を語って頂きました。

 連載のタイトルを「和道 ⽇本⽂化 ⼼のしきたり 美のこだわり」と決めた時に、私が模索していた答えが、おぼろげに⾒えてきた気がします。

書家 木下真理子

それは挫折から始まった

木下:聖鶴先⽣が書の道に⼊ろうとされたきっかけから、お聞かせ頂けますでしょうか 。

聖鶴:私はもともと身体が弱くて、それが理由で(旧制)中学を中途退学しなければなりませんでした。当時は戦地へ出兵する為に、学校はその養成をしていましたが、 “不適格”という烙印を押されてしまって。

 そりゃもう悔しくて、涙が出ましたよ。

 それで何かをやらなければと思った時に、生涯続けられるものを探そうと思いました。

 音楽や絵画ということも考えました。でも音楽は外に音が漏れてしまうし、絵画は写生に行かなければならないから、これも近所の人に何を言われるか分からん。じゃから手本があれば自分で出来る、書を選んだんです。

木下:ただそこには、興味を持てるところがあったわけですよね。

高木聖鶴(たかぎ・せいかく)
書家。⽂化勲章受章者。勲四等旭⽇⼩綬章受章者 。1923年、岡⼭⽣まれ。書家の内⽥鶴雲に師事。⽇本書芸院名誉顧問、読売書法会最⾼顧問、朝陽書道会会 ⻑。⽂化功労者、⽇本美術展覧会(⽇展)顧問。 ⽇本や中国の古筆、名筆を研究し、美しく気品ある仮名を追求。情感を秘めた現代感覚あふれる独⾃の様式を確 ⽴した。また書道界の発展にも⼤きな貢献をしてきた。(photo by nanaco、以下 同)

聖鶴:当時、私の父親が骨董屋からいろいろなものを買っているのを見ていましたので、そうしたことから馴染みはあったのではないかと思います。

 でも、私は学歴社会から脱落してしまいました。それから戦争というもので経済的な蓄えなどはすぐにゼロになってしまうということも身を持って体験しました。

 なので、何か手に職を付けることが大事だと思いました。

木下:はじめから自分に書の才能があるかもしれないという自覚はお有りだったのでしょうか。

聖鶴:いや。今でも身体を半分に割ったら、大変下手な字を書く自分がいます。だから当時、まったく楽観的な考えは無くて、悲壮な、決意に近いものでした。