仮名書が読めるようになるには

木下:ところで、「女手(平仮名)」の完成は、いつ頃とみていいのでしょうか。ちなみに『源氏物語』は11世紀初頭ですよね。

島谷:「高野切本古今和歌集」(現存する最古の『古今和歌集』の写本)を捉えて、平安中期の終わりから平安後期の頭、11世紀半ば頃とはよく言います。(参照「古今和歌集巻第十九断簡(高野切) 文化遺産データベース」)

木下:その時代は、今のように50音で48文字ということではなかったわけですが、仮名の数というのはどのくらいあったのでしょうか。

島谷:まず、奈良時代の『万葉集』の頃は、「字母(じぼ)」が950から1000ぐらいはありました。

木下:字母というのは、例えば「あ」という平仮名は、“安”という漢字が崩されて出来たものですが、同じ“あ”の発音で、他に“阿”、“惡”、“愛”が崩されたものも使われていて。それらも“あ” と発音するものとして括られ、字母になるわけですね。

島谷:その数はどんどん減っていって。

 使われなくなっていったので、『万葉集』の文字の多くは、既に10世紀の半ばの人たちには読めなくなっていたんですよ。

 「高野切」の頃で300ぐらいですね。それでも300はあるんですけれど。当時の人たちは、その300くらいの中で、それぞれ自分が使い易い字母を持っていたんです。もちろん現在の平仮名も出揃っていましたが、それだけで書いていたわけではなく、明治以降に使われなくなっていった「変体仮名」もいろいろ混ぜこぜになって使われていました。

木下:現代でも、平安古筆を読んでみたい人はいると思うんですが、どれくらいを覚えれば、一応は読めるようになるのでしょうか。

島谷:木下さんがおっしゃったように、「あ」のもとは“安”ですが、それ以外に一つの発音につき二つずつ字母を覚えてもらえれば、単純に3×50音で、150になるわけですよね。なので大体200程度覚えれば、平安古筆の八割は読めるようになります。

木下:それから「高野切」と同じ時代の「粘葉本(でっちょうぼん)和漢朗詠集」などを見ますと、漢詩と和歌がパートごと書かれていますが、非常に多彩な書き方がされていて。

島谷:漢字も楷書、行書、草書が使われていて、仮名も草仮名、平仮名(女手)が使われて。それぞれが絶妙に調和していて、完成度が高いですよね。

優美な仮名から闊達な仮名へ

木下:その後、仮名の雰囲気というものも、時代とともに変わっていきますよね。

島谷:仮名については、平安中期終わりの11世紀半ばに完成された頃は、本当に典麗優美な仮名が好まれていたんですが、完成した途端に変化が起きるんです。

 それは中国の「宋」と同じ時期です。王羲之の規範的な書に品格を求めるというより、宋代は個性の尊重というような時代だったわけです。

 日本でも平安後期に入り、11世紀末頃になると、個性的で、闊達な仮名が出てきて。例えば、行成の孫である藤原伊房(これふさ)の書がそうですが、仮名が太く力強く書かれるようにもなります。

 それから12世紀の頭ですが、平安古筆のピークの一つを示す「本願寺本三十六人家集」が作られます。

木下:それは伊房の子の定実(さだざね)、さらにその子の定信を始め、当時の一流の能書が参加していて。(参照「古今和歌集(元永本) 文化遺産データベース」)。

 料紙も破り継ぎのように、雅やかさが極まったものですよね。

*1月25日公開予定「型の尊重。新時代の気風を表現」に続く