貴族たちの豪華で雅びな慣習

木下:ところで、平安時代には、例えば道長から信頼の厚かった藤原公任(ふじわらのきんとう)によって、和歌と漢詩がセレクトされた『和漢朗詠集』とか、そういった詩歌集を、人に贈呈するという慣習がありましたよね。   

島谷:「調度手本」と言われる、選りすぐりの漢詩や和歌が清書されて、豪華な装飾、装丁が施された、鑑賞本ですね。

木下:それは「料紙(りょうし)」という美しい紙に書かれていて。貴重な舶載の「唐紙(からかみ)」であったり、それを模した和製唐紙であったり。様々な色に染められ、継がれて、型文様も刷られていますよね。

島谷:料紙を継ぐのに、濃い青、薄い青、淡い青、白などで継いでいたり。

 晩秋のちぎれ雲に夕日が当たると、紫にも藍にも見えるというイメージの「飛雲(とびくも)」、空と雲の境界線がよく分からないような「打曇(うちぐもり)」などがありますね。

藍の雲形を漉き込み、全面に雲母(きら)が蒔かれている
源兼行 筆/雲紙本和漢朗詠集 下巻(三の丸尚蔵館) 

日本独自の「散らし書き」の美

木下:古の人は、料紙も含めて、“書”を目で楽しむという風習があったということですね。

島谷:その通りです。

木下:それから仮名に関連したことで言えば、「散らし書き」という、これは複数行を書く際に、意図して行頭を揃えないで、とびとびに書くという手法ですが、こういった独特な美意識もありますよね。

島谷:散らし書きは、日本独自の美ですね。 

 伝 小野道風「継色紙(つぎしきし)」、伝 藤原行成「升色紙(ますしきし)」などが有名で、平仮名が出揃いかけた頃、紙は“巻物”とともに“冊子”の形も出てきます。(参照「散らし書きの伝 小野道風 筆/継色紙 文化遺産データベース」)

木下:書くものの形態が変わった時に、新たな空間意識が芽生えて、散らし書きもされるようになったということですよね。

 それは具体的にはいつ頃のことでしょうか。

島谷:やはり10世紀の後半から11世紀でしょうね。

 巻物でも「雲紙本(くもがみぼん)和漢朗詠集」とか、「関戸本(せきどぼん)和漢朗詠集」、冊子本では12世紀のものですが「元永本(げんえいぼん)古今和歌集」などで巻末に散らしの手法が使われています。

木下:散らしの形状には、日本人の自然観や美意識がよく表れているということがありますよね。

 また「余白」の美ということも言えると思うのですが、これは平安時代の「あはれ」という、言葉に表せないような余情というものを大切にしていたフィーリングともリンクしているように思います。

島谷:そういうことは言えると思いますね。

木下:“山の稜線”、“海岸線”だったり、そういう“自然の景観”をイメージしつつ、行頭をずらしていくという。

 公家の人たちは、実際には山に出かけたりはしなかったのかもしれませんが、宮廷の庭で、やっぱり情景を想像しながら書いていたのでしょうか。

島谷:現代のように高い建物も無いわけですから、実際に京では東山など、遠くまで見渡せていたと思います。

 それをどう表現するかということで、日本人の美意識として、散らし書きで表現したんです。