万葉仮名から草仮名、平仮名へ

木下:それでは、いよいよ日本独自の文字である「平仮名」の誕生というお話に移らせて頂きます。

島谷:はい。

 ただ、前提として認識しておかなければいけないことなのですが、「平仮名」という呼び方自体は室町時代に出来たものです。

 それと、この書道編ではこれ以降、今の50音48文字ではっきりと示されているものだけではなくて、明治以降に「変体仮名」として区分されたものも含めて、万葉仮名成立より以後に日本で育まれた表音文字のことを「仮名」と、そう定義したいと思います。

 万葉仮名(真仮名)も「~仮名」と付きますが、それを含めて一緒に「仮名」と呼んでしまうと分かりにくくなりますので。

木下:はい。

 まず重要なこととしては、⽇本独⾃の⽂字が形成されていく背景には、文字の書きぶりが変化していくこと、つまり“書体の変化”ということが関わってきますよね。その過程で仮名が出来ていくと。

 具体的には「万葉仮名(真仮名)」を実際に記すのに、フォーマルな“楷書(楷書体とも言われる)”や“⾏書(⾏書体とも言われる)”という書体で書かれていたところを、それに加えてカジュアルな “草書(草書体とも言われる)”でも書かれるようになっていったという変化によるものですよね。

島谷:ええ。その“草書”で書かれたものは「草仮名」と呼ばれています。当時は「草」「草の手」と呼ばれていました。それから“楷書”、“行書”で書かれたものについては「男手(おのこで)」とも呼ばれていました。

木下:「手」というのは、 “筆跡”や“書きぶり”のことですよね。

島谷:はい。

 その草仮名(漢字の草書)がさらにもっと崩されて、形作られたものが「平仮名」なんです。そしてそれは当時、「女手(おんなで)」とも呼ばれていました。

「仮名変遷図」草仮名(草書)が崩されて平仮名に(木下作成)

木下:現在の平仮名が、もともと漢字由来であることは、一応、学校では学習しますが、意外に知られていないことですよね。

 それから書についても、日本独自の文化だと思っている人もいるのですが、漢字も書も、中国発祥であるということは、踏まえておかなければなりません。

島谷:平仮名(女手)が何故美しく見えるのかと言えば、漢字という、もともと象形を中心とする中国の文字を受け継いでいるからだと思います。それが流麗になるというところは、日本独自の感性ではありますけれど。

木下:一つ根本的なことですが、平仮名(女手)のもとになっている「草仮名」は、“漢字の草書”と、どこまでイコールと捉えていいのでしょうか。

島谷:95%は同じだと思ってもいいと思います。

 ただ、日本独自の崩し方、中国の崩し方ではない草仮名も出ていますし、日本的な崩しが入って出来た平仮名も一部ありますよね。

木下:漢字の草書は、日本にいつからあったのでしょうか。

島谷:奈良時代の「正倉院文書」の遺品には、既に「草書」という表現があります。

木下:漢字の書体の変遷についてですが、一般的に、“楷書”が崩されて“行書”になり、“行書”が崩されて“草書”になったと思われがちですが、順番的には実はそうではなくて。

 現在、私たちが一般的に使っている“楷書”は、“行書”や“草書”が整えられるようにして、後から出来たものなんですよね。

成立を知れば、文字は我流で変形させるものではないことが分かる
(教育出版 平成二十年版『新編書道Ⅱ』を参考に木下が作成)

島谷:“隷書”から“行書”になり、“隷書”や一部“篆書”から“草書”になります。

 でも、いくら崩していっても、“行書”から“草書”にはならないですし、“行書”を崩していく過程で“草書”になったと思われがちなのですが、それには間違いがあります。

木下:つまり、草仮名(草書)は、行書が崩されたことによって出来たものではないという意味では、その形を一つずつ覚えなければならないということですね。

島谷:そうですね。

 昔の人たちも、漢字の草書、草仮名で手紙を書くのには時間がかかっているんです。崩し方を間違えると読めませんから。似たような形をしていて、違う字はいっぱいありますので。