漢字は「真名」、借字は「仮名」

島谷:まず漢籍などで使われている漢字そのもののことを、本物の文字という意味で「真名(まな)」と呼んで。

 その漢字を借りて日本語表記する文字のことを「仮名」にしましょうということですね。先程、木下さんが言われたように、仮名は、“かりな”、“かんな”という呼び方が転じたものです。

木下:漢字つまり「真名」を借りたから、「真仮名」ということになったわけですね。

 「真仮名」は万葉集でその使用が駆使されたということから、「万葉仮名」とも呼ばれていて。

 その「万葉仮名」は、基本的には“一字一音”と思われていますが、必ずしもそういうものばかりではないですよね。

島谷:ええ。そこがなかなか難しくて。例えば「あかねさす」の“あかね”というのは、三音に「茜」という一字を用いているわけです。他にも三字五音だったりというものもあります。

 仮名というのは、漢字の表意性を捨てた“表音文字”で、一字一音表記による“ジャパニーズ・アルファベット”などとも言われているんですが、万葉仮名の全てがそうではないんですよね。⼀字⼀⾳で後の平仮名のもととなるものを含んでいるので、そのように思われがちなのですが。

 いろいろと試して、なんとか “音”、“訓”、“意味”を組み合わせて日本語を表記しようと苦心したわけですね。中国の単語をそのまま使っているものもありますけれども。

木下:日本語と同じ“音”を持つ漢字だけを使って日本語を表していたわけではなく、日本語の意味に符合する漢字を“訓”として当てはめてもいたわけですし、あと、文字として表記しても読みは略されて無いようなものもありますよね。

島谷:それから『万葉集』の歌の中に、「戯訓(ぎくん)」というものもあるんですが、これは特に万葉集の用字法の一つで、漢字の形や⾳や義などを遊戯的に使⽤したものなんです。

 例えば「てし」という助動詞があります。この“てし”という発音に、“手師”、つまり“筆跡の師匠”という意味を連想して、中国の書聖である王羲之の「義之(実際には“羲之”の誤記)」という字を使っていたという例がありますよね。

木下:“てし”という発音に“義之”という字を借りて当てたわけですね。

 聖武天皇のお妃だった光明皇后が書の名手で、王羲之を敬愛していたと伝えられているように、当時、日本人の間で王羲之が書の偉大な存在としてそこまで認識されていたということが、こんなところからもうかがえますね。

 ただ、いずれにしましても、“発⾳”や“意味”を符合させていく作業は、本当に難しい作業だと思うのですが、実際にはどんな感じだったのでしょうか。

“文字”というツールを受容し、⾰新的な⽅法で使い始めた

島谷:分かり易い例えとして言えば、「コカ・コーラ」ってあるじゃないですか。中国語で「可口可楽」と書くんですが、発音も似ているし、〈口にすべし楽しむべし〉です。コカ・コーラがこの文字に定着するまでには、いろいろな文字を当てていたと思うんですよ。それであの「可口可楽」という発音と、意味的にもぴったりくるということで、その表記が定着していったという、そんな感じですよね。

 日本語を表記するのにも、始めはいろいろな表記がされていたと思うんですが、様々な工夫、試行錯誤があって、その中で適切なものが定着していったんです。