日本語に合わせて漢字を使う

木下:ところで6世紀半ばに、今度は仏教が伝来して。仏教は中国からと思われがちですが、これも朝鮮半島を経由してですよね。

島谷:はい。百済の聖明王(せいめいおう)によって伝えられました。それと南方の島を通ってというルートですね。

木下:7世紀に入り、聖徳太子が活躍した飛鳥時代には「隋」との交流(遣隋使を派遣)もあって、漢字だけに留まらず、日本人は漢文も取り入れていたわけですよね。

島谷:聖徳太子の真筆か否かということはありますけれど、7世紀前半に「法華義疏(ほっけぎしょ:法華経の注釈書。現存する日本最古の肉筆遺品)」が書かれていたということからもそれはうかがえます。

“漢字”だけではなく、“漢⽂”も日本人は取り入れていた
“漢字”だけではなく、“漢⽂”も日本人は取り入れていた

木下:時代的には、聖徳太子の十七条憲法もそうですが、大化の改新があり、中大兄皇子つまり天智天皇、続く弟の天武天皇によって律令国家が確立していく時代となりますよね。「日本」という国号も天武天皇の時代に制定されて。

島谷:政権を確固たるものにする法律であったり、役所の機能を整えるということもそうですし、戸籍制度を作ったりしたこともそうですが、いろいろな局面で漢字を使う必要性が出てきたということがあります。「唐」を規範としていましたので、漢字、正式な漢文である「純漢文」の素養が役人に求められて。

木下:ただ、それだけでは終わらなくて。

 日本人は“日本語”という言語そのものを、漢字を使って記そうともしたわけですよね。

島谷:最初は人名や固有名詞から始まって、現在と漢字の発音は幾分違っていた部分もありますが、日本語の発音に合った漢字を借りて、つまり “借字”として日本語の言葉に漢字を当てはめて使用していったんです。

 これは中国でサンスクリット語の仏典を漢訳した際の手法(仮借)を参考にしています。

*1月23日公開予定「“平仮名”はこうして生まれた」に続く