稲坂:日本の場合、香木一木ずつに、全部由緒ある銘が付けられています。和歌の「証歌」や、曰く因縁が付いている。銘が付いた香木が何百何千あるわけです。それらが義政の手元に集められて。

 それで義政は誰について香を勉強したのかというと、平安王朝以来、香文化では公家の頂点にいた三條西家の、内大臣三條西実隆(さんじょうにしさねたか)です。香と源氏物語と言えば、三條西家でしたので、平安時代、王朝の文化においての香はどういうものだったのかと教えを受けながら。

 そして「六国五味(りっこくごみ)」という、六国、それは木所つまり香木の分類と、五味、香の微細な違いを味覚で例えて、香を分類していきました。その時に将軍の配下が同席するんですが、それが志野宗信(しのそうしん)という武家の一人です。

「沈香」。香木は“六国(りっこく)”という産地名と、味覚と同語を転用の”五味(ごみ)”で分類された(photo by 日本香堂)

木下:ここは重要なところで、香道の二大系統、武家の香道である「志野流」と、公家の香道である三條西家の「御家流」のルーツがあるわけですね。

稲坂:はい。ここでスタートとしても、ただ一代で築かれるわけではないですから、二代、三代、四代、五代と、後の人が武家流の体系を作っていく中で、遡って志野宗信を祖とし、「志野流」と名付けられました。「御家流」は、平安王朝以来ある公家の御家の文化の流れとしてこう呼ばれます。最初から作法やルールがあって始まったわけではありません。

心をかたちでとらえる武家の美

木下:志野流の方は、「礼法」が反映されているものですよね。

稲坂:それは武家が何を手掛かりにして形を整えたかということであり、武家の礼法に「小笠原流礼法」があります。新たな支配層として、礼節や礼法を武家は大切にしました。それで香席の所作の形も、礼法を拠りどころにしたと思います。

 御家流と志野流では、聞香炉の大きさも持ち方も異なります。同じ行為でも、そこに公家風と武家風の色いの違いがあります。

木下:例えば、どういうところにそれが見えますか。

稲坂:香席の坐り方、聞香炉を待つ間の姿にも表れます。

 御家流では、普通に坐って、両手は普通に膝の上などに置きますが、特別に定めた形はありません。礼もそのまま普通におじぎをします。志野流は、両腕を真っ直ぐ下へ降ろして坐り、礼もその腕の形のまま頭を下げます。これは、武家の礼法の中の一つの型が原型です。一つひとつの所作に型の規範が定められているのが、武家風と言えます。

木下:厳格さが求められていると。鎌倉時代以降、「芸道」と「武道」は、共有されている部分はありますよね。

稲坂:このような平安王朝風な公家的テイストは武家好みと言えず美しい所作の規範が求められます。一方、あなたの心が香りに向かっている時には、あなたの姿は自然なのだから美しいととらえる公家風な感覚。現代に伝えられる伝統文化には公家的テイストと武家的テイストが見られるのは面白いことです。

『源氏物語 54帖』の52の場面数に合わせ、52種類の図形から成る(photo by nanaco)

(次回に続く)