香木を愛で、価値を高めた武家

稲坂:日宋貿易の中で、一気に香木の輸入量が増えるんです。平安貴族も香木は大切にしていたんですけれど、香木だけに頼っていたわけではありませんでした。しかし、鎌倉武家以降は香木が最も大事でしたから。他のものより香木を競って求めていたわけです。

木下:その貴重なものが、言ってみれば家宝みたいになっていって。例えば黄金とかと同じくらいの価値のあるものとなって。だから命を懸けた戦であればある程、戦う為に最高の香木を手に入れようとしたと。

稲坂:そうですね。特に「伽羅」は。伽羅というのは「沈香(じんこう)」の分類に入る香木ですが、頂点にあるもので。香木が1000木発見されたとすると、伽羅と言えるものは数木です。伽羅は昔から黄金の、金の十数倍の価値がありました。現代ではもっと高くなっています。

木下:禅宗との関わりで少しお話させて頂きますと、書の世界では、「墨蹟(ぼくせき)」という、お寺のお坊さんなどが書いた、飾り気が無く魂のこもった書が、その時代に流行しました。その墨蹟の中で、あの一休和尚もその大家だったのですが、香の世界でも一休和尚というのは大きな功績を残したんですよね。

稲坂:大変にいろいろなエピソードというか伝説を残した人ですけれども、父親が香の研究書も残した後小松天皇とされますが、生まれた時からかなり知的な、香的な文化の流れの中にいたわけです。その一休宗純が「香十徳」という香の素晴らしさ、香が心身に与える効能を「徳」として「書」に書き、それが広まりました。感覚を研ぎ澄ます、心身を清らかにする、安眠出来る、心を和ませる、といった十の効能が説かれています。

木下:それは中国の北宋時代の書の大家で、詩人でもあった黄庭堅(こうていけん)という人の詩に由来するものですよね。

稲坂:当時、一般の人はそこまで辿りついてはいないんですが、ただ「香十徳」は大変知られ、ポピュラーなものでした。

木下:そして、その後いよいよ「香道」というものが確立していくんですよね。同じ室町時代の東山文化は、公家文化の雅と武家文化の謹厳が融合して、茶道や華道も同時に確立していった時代でもありました。「香道」は一定の作法に従って香木を焚き、その香りを文学的テーマのもとで鑑賞するという。

「源氏香図」。香道で「源氏香」と呼ばれる組香を行う際に使用する道具
(photo by 日本香堂)

稲坂:やはり一番最初のスタートというのは、室町時代の8代将軍、足利義政ですね。義政は応仁の乱だとかいろいろなことで、東山に引っ込んでしまったのですけれど。慈照寺銀閣の中の「弄清亭(ろうせいてい)」という部屋で、先の時代の伝説的な名香木を集めて、片っ端から吟味していったんです。

木下:それで、あの正倉院の「蘭奢待(らんじゃたい)」も。