稲坂:まず現代人の誤解を解かなければいけないのですが、直接火を付ける、あのお線香やお香の形というのは、江戸時代に開発された、言わばインスタント製品なんですよ。

「焼香」は日本の香の原初スタイル。線香は江戸時代以降のものでインスタント製品(photo by 日本香堂)
「焼香」は日本の香の原初スタイル。線香は江戸時代以降のものでインスタント製品(photo by 日本香堂)

木下:そうなんですか。

稲坂:祈りの香は、最初どういう形態だったのかと言うと、現代でも同じ形で使っている「お焼香」です。香木を刻み、丁子(ちょうじ※クローブ)とか桂皮(けいひ※シナモン)とか漢方生薬を刻み合わせたものを、香炉の炭の上にパラパラとまいて“焚く”、あの形が原型です。それをミクロのパウダー状にしたものを浄めの為に手にそのまま塗るのが、「塗香(ずこう)」と呼ばれ、お坊さんがしていますよね。

「塗香」は僧侶が手の甲に塗るもの。香の始まりでは、宗教との結びつきが強かった(photo by 日本香堂)
「塗香」は僧侶が手の甲に塗るもの。香の始まりでは、宗教との結びつきが強かった(photo by 日本香堂)

木下:当時の人は、外来の香を、比較的すんなりと受け入れられたのでしょうか。

稲坂:それは、古代日本の宗教観の中で、身に付いた穢(けが)れを水で洗い流す、そぎ落とすことを、身をそぐ、禊(みそぎ)ということが昔から行われていますよね。そういった風習が根付いているところに、仏教が入ってきて体系的な教えがあり。またその教えが分かり易かったのですが、私たちの生きている現世は、穢れた空間であると。穢れた空間の中で身も心も生身の人間は汚れていきますから、浄めて仏に祈るんだと。その方法として、天の、仏の恵みである香木を削って焚いて、香りで穢れた空間と、私たち自身も浄められると教えられた時に、そうかと。

立ち上る香の煙が、現世と仏を繋ぐ回路

木下:香煙(こうえん)は、天に向かって立ち上りますよね。そういった現象も関係しているのでしょうね。

稲坂:おっしゃる通りです。立ち上る香の煙、香煙が、この現世と仏を繋ぐ回路であると。ビジュアル的にも見えますし、これも非常に分かり易くて。

木下:天との会話と言いますか。

稲坂:流れていく水を見てもビジュアル的に分かり易いのですが、なるほど、現世と仏の世界をこの香煙が繋いでくれるのかと、祈りが届き、仏の声が自分に戻ってくるということですよね。

木下:つまり香の原点には、人と仏を繋ぐ役目というものがあったわけですね。書の分野でも、漢字の発祥を辿ると、天と地、神との交信の為に「文字」が誕生したと言われています。それに通じるものを感じます。

「香煙」は現世と仏の世界を繋ぐ回路と考えられていた(photo by日本香堂)
「香煙」は現世と仏の世界を繋ぐ回路と考えられていた(photo by日本香堂)

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